5-01 安全の代償
今話から、章が変わります。
次の休日に町の外に出る。
カークは気軽にと言っていたけど、ここはリアルなファンタジー世界。町の中と違って外は危険性が高いのでは? ほんとに大丈夫なのかな。不安になるよね。
いつものように日々の仕事をこなしながら、ふつふつとそう思っていた。
そういえば。ルークはどうしたのかな。あの時から後、全くこちらに言語化した意思を寄こして来ない。逆に、こちらからルークの意識の表層を覗いても、見えるのは真っ白な状態のまま。
といってもルークは、こちらを排斥したいと思っているんじゃないと思いたい。こちらを排除する気でいるのなら、すでにしているだろうし。
実際には、今もこうして、こちらの意識がこの身体にあるんだ。それに自動だといっているけど、言語のフォローをしっかりとしてくれている。
そう。この身体はルークのもの。それに彼の本態は、巨大なエネルギーの塊で。もう意識体の魔素総量がどうのとか、そういうレベルじゃない存在。
ルークから魔法の手ほどきを受けた後。魔素流の動きがスムーズに見えるようになった時。自然と彼自身の存在の凄さを再認識させられた。
それじゃあ、検め事前のあれは、何だったのだろうか。
彼の意識体としての魔素総量が一時的なことしだとても著しく低下して。意識の表層に言語化した意思の表出はおろか、ごく単純な感情の表出さえもままならなくなったこと。
そして、その時のルークは、そうなる可能性があるとは言っていた。
だけど彼は、あの半端ないエネルギーの塊だよ?
今なら、わかる。あの恐ろしいほどのエネルギーがあるルーク。彼にかかれば、全身の表面波長の変調での擬態程度で、魔素の枯渇だなんて考えられない。
もちろん、あの状態になったのだから、何らかの理由はあるのだろう。
だけどその何かは、今もこちらにとって謎のまま。
ん。あ。
従魔長のゴンザ氏だ。
先程一緒に朝飯を終え一度別れたけど、こちらの自室に来ている。
施設の人間からの指示をこちらへと伝えるのが、ゴンザ氏の日課の一つ。
だけど従魔候補の場合、普通こんなことはしない。一般的な従魔候補には人間の担当職員が付く。その担当職員が直接従魔候補の部屋に来て、建物の外へと連れて行くのが慣例で。
そう。思えば。ここに来た初めの頃。
こちらの担当だった男の職員はこちらを粗雑に扱った。それがこちらの契約主であるカークが知るところとなり。糖の男の職員は担当から外れた。だけどこの後の担当が決まらなくて。今の方式となる。
後に顔見知りの従魔候補の話を漏れ聞くと。あの男がした扱いも許せる範囲内のことだったらしい。
確かにあの時は、受付の控室で朝飯を食べていたから飯抜きではなく。むしろ、控室に魔動物用の食べ物が置いてあり、自由に食べて良いことになっていたんだ。
控室の食べ物は、受付で人気があるアイラちゃんへのプレゼントで埋まっていたけどね。そのアイラちゃんと一緒によく食べていたよ。
ん。え。あ、はい。
こちらは、ジェスチャーで答えている。
声を出してもいいけど、こちらの澄んだ鳥のような声は、悲しいかな。お互い、意味不明な言語。
なれで意思疎通は、幸いにしてほぼ同じ意味となる、ジェスチャーを主とした。これの方が、こちらが言いたいことへの通りが良い。
ゴンザ氏の言葉は、ルークの自動意訳で支障なく理解ができる。ゴンザ氏の言葉に訛りのようなものがあるのは、ルークの単なる趣味だと思う。
え。あ。はい。
ロビーで、カークが待っているとのこと。
だけど何だろう。珍しいこともあるんだね。
いつものカークなら、直接この部屋まで来てくれても良さそうなのだけど。
だからといって、待たせるのは良くない。といっても、出るための準備するものもなく。そう。丈夫な生地のポンチョに派手な色の従魔候補の首飾り。この簡単な着替えは、すでに終えていて。
それで。今着ている支給品のポンチョ。この頃は、外着にも可愛い模様入り。
このポンチョのど真ん中にでっかいチューリップの花のようなアップリケを縫い込んだのは誰なんだろうね。言っとくけど、このポンチョを着るのはこちらだよ。子供たちじゃないんだから。
……まあ。こちらの仕事が子守だからというなら、否定できないけど。
ともあれ。これでは、かっこいい姿から遠ざかっているよ。ここは安全だから、いいんだけどね。
さあ。気を取り直して。とにかく、ロビーへ急がないとね。
こちらがそう思って、にっこりとほほ笑むと、ゴンザ氏は『オイラは今日も忙しい。オメエも頑張れよ』と言って出ていった。
急いて階段を下りロビーまで行く。目指すカークは、すぐに見つけられた。
でっかくて筋肉の塊みたいな体躯。それでいて魔法使いの恰好。かなり目立つ。
あれ。誰かと話しているよ。ん。相手はミル・マノ。どうしたのかな。
あ。カークもこちらに気付いた。
「おう。ラケルタ。お前の今日の仕事にキャンセルが出たのでな。む。何だ。その上着の模様は」
カークが、おかしそうに笑う。
ん。このアップリケ、カークじゃないんだ。細かいことが好きだから、てっきり彼の趣味だと思っていたよ。
「ふむ。俺の居室に戻る。ミルマノ。お前も一緒だ」
『仰せのままに』
わお。渋いね。
そして、ミルマノ。これは語呂がいいかも。
このミルマノのその姿は服を着た二足歩行のリアルトカゲ。だけど、そのぴんと背筋を伸ばした佇まいや、優雅な仕草。知的で涼やかな目。
うん。かっこいいよね。真似ができるといいな。
背筋を伸ばして胸を反らしてみた。目をきりりとさせて。
少しは、かっこよくなったかな。
「ラケルタ。何をやっておる。この恰好で、そんな妙な真似をせんで良い」
こちらを見てカークが爆笑する。ミルマノも我慢をしてくれているようだけど、何だかちょっと笑っているみたい。
ん。あ。そうか。これじゃあ、あの誰かさんと同じか。
あの可愛い外見をした、栗鼠耳アルマジロのエンタ先輩を思い浮かべる。
でも彼は彼で凄い特技を有していて。苛烈な自然界で生き残るための野生魔動物としての魔法的な特技だ。
こちらは平和な日本に生まれて、安全を享受して来た。ここに来た時も安全を求めて従属し従魔候補として保護されて。
そして今。安定した生活と安全が得られている。そう。幸運もあるだろうけど、有り難いよね。このリアルなファンタジー世界で。
だけど、こちらがこんなところで、平和ぼけしたような状態になっているのは、この保護を得た結果なんだろうね。
物事の選択っていうのはトレードオフで。機会費用なんていう、選択しなかったことによる損失のことを指す言葉さえあるのだから。
安全の代償なのかもね。もちろん今でも、自らを厳しく律すれば違うのだろう。でもね。そんなことは、とてもできやしないよ。
これでも、一時期は強さに憧れて頑張ったこともあった。それで魔素流の動きがわかるのと共に、日常魔法程度なら自由に発動ができるようになっている。
だけど。それだけ。こちらができるのは、それだけなんだよ。
ん?
かちりと、引き手のフックがかかる音。
「ほれ。ラケルタ。何をぼけっとしているのだ。行くぞ」
カークの柔らかな声。
でもそこには、ちょっとだけ呆れたような感情が入っていた。
引き続き、読んでいただけると嬉しいです。




