4-07 評判
ぐりる・まるべりーは、人気店だったようです。
彼女が言った通りだった。
それからすぐに、次から次へと客が入って来て、店が満席になる。
今の店内は、大勢の人間の声がして、がやがやと騒々しい。
人間が入って来るタイミングで、入り口の扉が開く。そこから、ちらりと外を見ると、店の前で長い行列ができていた。
こちらは、てんてこ舞いになる。
店の中へと押し寄せて来る客をさばく。テーブルまで誘導して、注文を受け取り、それをカウンターに提出。そして、出て来た料理を、それぞれのテーブルへと、順番に給仕をする。
飲み物の給仕、それも、補給が頻繁に必要だ。
何故って、この店は、レモン水のようなものを無料で提供している。この辺りでは珍しいことらしい。
あちらこちらで、注文の手が挙がる。
はいはい。今度は、こちらね。
そちらの方、少々お待ちください。
ん。声は出していないよ。
こちらの声は、澄んだ鳥のような鳴き声。声を発する自身でさえ、言っている言葉の本当の意味を知らない。
到底、一見の人間が、こちらの言葉を知っているとは思えない。逆に、こちらの言葉の意味を知っている外部の人間がいたら、それはそれで、恐い。
なので、客の応対は、ジェスチャーだけだ。
幸い、ジェスチャーの意味は、こちらがよく知っている意味と大体同じようだ。相手の反応を見る限り、意味が通じているように感じる。
大勢の客の対応に、右往左往をする。
ほんと、目が回りそうな位、忙しいよ。
ふと、目の端に、自らの赤い服がひらひらと舞うのが見えた。
ん。この服装って、どんな風に見えるんだろうね。
この赤い服は、ゆったりとした袖刳で、保定魔道具の鎖が引っかかりもせずに、服の中に納まっている。
それでいて、袖口は、手首にぴったりと収まるように窄まっているから、作業の邪魔にならない。
うん。これだと、ちらりと手首から見える帯は、黒を基調とする銀色の星飾りがちりばめられた、単なる皮製のお洒落なリストバンドにしか見えないよ。
赤い服は、裾丈が踝まであって長いので、下のステテコは見えないだろうね。靴も準備をしてくれたけど、でかかったので、裸足のままでいる。
それから、丈の長い下半分のみの布地の、黒いギャルソンエプロン。今は、給仕をしているから、そのままの名称だね。
で、従魔候補のエメラルドグリーンの首飾り。
うーん。やっぱり派手な姿だろうな。
え。あ。はい。
カトラリーがないですか。
申し訳ないです。少々お待ちください。すぐにお持ちします。
そちらは、スプーンを落とされましたか。はい。替えをお持ちします。
カウンターに置いてある、カトラリーセットとスプーンを取り、客が待つテーブルまで戻る。
えと。これは、そちらでしたね。はい。どうぞ。
そちらの方、スプーンの替えをお持ちしました。
これらも、全部、お辞儀をしたり、掌で指したり、表情を変えてみたりして、応対をした。
うん。ジェスチャーだけでも、それなりに、できるもんだね。
それから、もちろん、客が食べ終わった食器をカウンターに戻して、テーブルの再セットアップをするのも、こちらの担当だ。
はー。とてもじゃないけど、これじゃあ、休む間がないよ。
流石に、会計はシェリーさんが厨房から出て対応をしていた。
見ると、注文用紙のメニューのチェックと照合をして、清算をしているらしい。
うん。やっぱり、金銭が絡むのはね。
ふう。
他の皆も、こんな感じで仕事をしているのかな。
かなり大変だよ。これ。
そのような、ぱたぱたとしている時間が、長く続いていた。
でも、ようやく、ピークが過ぎたようだ。
やっと客が疎らになって来た。
あー。草臥れた。
一息をついて、店の中で聞こえてくる声を拾うことにした。
こちらに関係する話題はないかと、周囲に聞き耳を立てる。
お。いたいた。
「新入りの従魔候補の魔動物さんですって」
「ほう。こんなに人間に近い姿の魔動物がいるのか」
「いいえ、擬態らしいわよ」
「あら、そう。でもこんなに可愛かったらいいわよね。他にもいないのかしら」
「そうだな。お前が興味あるのなら、家事手伝いとかで依頼をしてみるか」
うん。これは、裕福そうなご夫婦と娘さんかな。
別のテーブルでは。
「あ。あいつはこの前、従魔施設院の受付で見たぞ」
「ん。ほんとだ。緊張で、がちがちな笑顔をして、引きつっていたよな」
「そうか? こっちは、気難しい顔をしていたのを見たぞ」
「従魔候補の、野生魔動物だろ。何で、そんな人間くさい仕草をする」
「受付の資料によると、リザイア系の擬態魔動物ミネティティ種で、希少な変種とかだってさ。基本的な仕草は擬態上必要だったんだろ。それに、施設で訓練をするだろうし」
「だったら、笑顔をうまく作れていなかっただけぢゃね?」
「ははは。なるほど。納得した」
……何だよ。それ。
こちらは、顔見せの時、そんなに変な笑顔だった? とはいえ、それなりに噂が浸透しているようだね。これは、顔見せが成功したと、喜ぶべきなのかな。
そうこうしているうちに、日が傾き、夕刻になる。
この店の営業時間は、日が沈むまでだそうだ。
最後の客を見送ると、シェリーさんが、扉の表示を変えにいった。
ようやく、長い一日が終了した。
ハンクさんとシェリーさんのご夫婦は、これを連日されているとのこと。
特に、忙しい時は、アルバイトを頼むそうだけど、来てくれる人間が、なかなかいないんだとか。
これは、大変だもんね。ほんと。
こちらも草臥れたよ。
この仕事は、大変だったようです。




