3-12 ミランダさんの料理(3)
前話の続きです。
どうしよう。
この綺麗に盛り付けられた料理を、素手で食べるのは抵抗がある。
これを、どうやって素手で食べる? 逆に想像ができない。
素手で食べるようにはできていないよね、この料理。
「そうだな。ミランダも言っていたが、お前は、お前の分を先に食え。いくら加温魔道具が付いているとはいえ、焼き立てのほうが旨い。俺も切り分けたら、すぐに食うぞ。む。そうか。お前は、これがいるか。ほれ、ナイフとフォークだ」
あ。はい。ありがとうございます。
横を見ると、カークは、自ら宣言した通りナイフとフォークを使って、鳥の肉を切り分けていた。左のフォークを持つ時、布を巻いている掌が痛いらしく、少し顔をしかめていた。
こちらの料理に改めて振り返る。
うーん。いい香り。木苺系の甘酸っぱいソースの香りと、野鳥の野生的な力強い香りとが混合されて、とても魅惑的だ。
大魔蟻蜜に漬けていたからだろう、飴色に焦げた皮が、てらてらと照っている。もう、たまんない。これは食欲を増進させる。
その鳥の肉にナイフを入れる。じゅっと肉汁と油が溢れた。いいね。
大き目に切り分けた赤紫色の肉片に、魔木苺の赤いソースを付ける。フォークに持ち替え頬張る。口腔内に入った肉片に歯を当てると、結構弾力性がある。さらに歯に力を入れると、甘い蜜と塩気を伴う肉汁が舌に感じた。
この肉は鳥肉であっても、獣肉に似た濃厚な味がする。蜜と油の甘さと共に、よく知ったアミノ酸系の旨味が口腔内に広がった。ラズベリーに似た独特な香りがする、甘酸っぱい味のソースとの相性は抜群だ。
咀嚼して、その味を楽しむ。後味にすーっとした清涼感を主とした、酸味と甘味を纏う複雑な深い旨味。
うんまい。幸せな味「キュルウルル。ツクワーラー、ツィー!」。
ん。叫んだ? ちょっと恥ずかしい。
「おう。よほど、森林魔鴨が旨いらしいな、‘ラケルタ’」
カークが、にこやかに笑う。まあ。咎められなかったから、いいとしよう。こちらも、笑顔を返して頷く。
この森林魔鴨という鳥の料理がとても旨いのは確かだ。そのまま半分ほど頂いて楽しんだ。
さて、付け合わせはどうだろう。魔真木虫クリームと魔実仁の味はすでに知っている。それで、瑠璃茸だけをナイフで半分に切り、フォークで掬いとった。
ぎょっとして、手が止まる。
それは、小ぶりのマッシュルームくらいの大きさと形態で、表面全体と半分に切った茸の傘と柄の部分が名前の通り、とても綺麗な青色をしている。
それに対して、思わず手が止まってしまうほど、黄色の毒々しい粘り気のある“ひだ”が存在していた。切り口から、乳白色の液体まで染み出して来ている。全体的に見た感じは、これは毒キノコだと言われたら、疑いなく納得をしてしまう。
「あら。どうしたの。瑠璃茸が嫌いかしら? 魔珊瑚草の瑠璃色の水の実が好きと聞いて、瑠璃茸にしたのだけど」
あ。ミランダさんが戻って来た。
「何。こいつが、知らんだけの可能性が高い。この辺で採れる食材を、良く知らんようなのだ。どこか、遠い森の生まれなのだろ」
「そう。ごめんなさいね‘ラケルタ’ちゃん。食べ慣れた食材があるといいのだけど。でもね。私は瑠璃茸が美味しいと思っているわ。瑠璃色の水の実よりもね」
うー。でも、まあ。ミランダさんが勧めてくれているし、思い切って、食べてみよう。思えば、錦糸魔蜘蛛がそうだった。確かに色だけを見て、旨いものを食べ損ねるのも、頂けない。
意を決し、瑠璃茸を口に運ぶ。くにっとした歯ごたえ。茸によくある歯触りだ。土っぽい茸独特の香りと良く知った普通の旨味系の甘味がする。ん。普通に旨い茸? と思った途端、強烈な清涼感を伴う深い旨味が襲って来た。
そう。あれは、スッキリミント強凄味シリーズだったか。眠気冷ましにいいと思って買ったのを齧って、舌が痺れたのを思い出した。あれの感覚に近い。
うん。物事には、限度というものがあるよ。これでは、すーとし過ぎだ。
それでも、これは嫌いな感覚ではない。続けて咀嚼をする。かりっと砕けた音がして、魔実仁の味がした。
ん。これはいいね。さらに咀嚼し続けると、魔実仁独特の渋味にクリーミーさが出て、瑠璃茸の強烈な清涼感を伴う深い旨味が、丁度いい具合に和らいだ。
ふーん。じゃあ、このクリームと一緒だったらどうだろう。
へえ。これもいける。クリームをたっぷり付けた瑠璃茸を食べると、蟹と茸のグラタンのような感じになった。あの強烈な清涼感を伴う深い旨味も魔実仁ほど劇的ではないがマイルドになっている。魔実仁と合わせて食べると、さらに旨くなった。なるほどね。
「あら。瑠璃茸は、土火系と一緒で良かったのね。新鮮だったから、単体の生のサラダでもいいかしらと迷ったのだけど。そうすると、‘ラケルタ’ちゃんは、水系が好きだけれど、飛び抜けて好きという訳ではないようね」
ミランダさんは、ほっとするような、残念がるような表情をして、ワゴンを押して奥へ戻っていった。
先程から聞いていたけれど、食べ物には系統があるようだ。
さて、旨い森林魔鴨がまだあるから食べよう。
そう思い、奥へ戻って行くミランダさんから目を逸らす。カークと目が合った。
「おう。そろそろ、これも食うか。取り分けたぞ」
カークが料理を盛った小皿をこちらの傍ら置く。本来の皿に盛ってあった料理の縮小版かと思うほど、綺麗に盛り付けてあった。
そりゃあ。もちろん、頂きますよ。軽く会釈をして小皿を引き寄た。
ミランダさんの料理の話は、もう一話あります。




