3-11 ミランダさんの料理(2)
直人君は、彼女の料理が気に入っているようです。
あー。旨かった。
こちらの分は、食べ終わったよ。
カークの方を見る。
「おう。食い終わったか。じゃあ、お前のカップを寄こせ。分けてやる」
カークは、自らの手つかずのカップから、丁度半分ほどのムースを、こちらのカップに、整えながら入れていた。
花魔水瓜も、2本あるうちの1本を綺麗に載せ、カップを返して寄こす。
それから彼は、残った自らのカップに匙をつけ、徐に食べ始めた。
返却されたものには、カークのカップの縮小版が存在していた。
へえ。ごつい手をしているのに、器用だな。
んー。綺麗に盛り付けてくれるのは嬉しいけど、そこまでしなくても。
どのみち、分けてくれたから、食べてみよう。
改めて、こちらのカップに、匙を入れる。若い草原豆だという、若草色のムースを口に含む。
お。滑らかな口当たり。豆そのものに甘味がある。これはいいね。
うん。この味は、枝豆そのものだ。軽く塩味が効いて旨い。それと、微かに酸味と甘みを伴う深い旨味も感じる。
うー。だけど、旨いだけに、量が少ないのが、悔まれる。
いやいや、この味を知っただけでも、良しとしよう。
これは、花魔水瓜か。淡い青色のちりめんがかった、大きいけど、かわいいと感じさせる花。その下に小さい瓜の子が付いている。
どうやって、食べよう? まずは、瓜の子からいこうか。
フォークを手に取り、花と瓜の子とを分ける。しゃりっと音がして、ほとんど抵抗なく、ふたつに分けられた。
あれ。脆いの、これ?
さらに、その瓜の子も、さっくりと簡単に分かれた。後は、匙だけでいける。
それで、分けた瓜の子を、持ち替えた匙で掬って、その小片を口に運ぶ。
さくっとした、歯切れの良い、歯ごたえがした。
さくさくさく。
うーん。歯触りはいいけど、味がしない。これでは、ただの水だよ。いや、ごく微かに、単純な甘味を伴う深い旨味はある。だけど、それだけ。
花の方は、さくっとした歯触りに、花粉と蜜の甘さが仄かに感じられた。
その他の食感は、瓜の子と同じ。苦味やえぐみも全くない。綺麗な飾りのエディブルフラワーとしては、良いのかもしれない。
そう。これは、見た目だけともいう。
ん?
ふと、視線を感じて、振り向いた。
すると、カークが興味深そうに覗いていた。
え? ミランダさんまでも?
彼女に見つめられていたのを知って、何だか、顔と耳が火照る。
「む。どうした。全部、食わんのか?」
え。え? あ。はい。もちろん、食べますよ。
慌てて、匙を使って残りのムースを平らげた。
うーん。もっと、ゆっくり味わうつもりだったけど。残念。
「まあ。面白い子ね。たいていの子は、そのまま口につけるか、手掴みよ」
「俺も、興味深い見ものだった」
ん。え? 言葉の意味が、呑み込めない。きょとんとする。
「あらぁ。かわいい顔をして。いいのよ。好きな方法で。さあ、次のお料理ができているわよ」
彼女は、持って来たワゴンに、食べ終わった2揃いのカップを下ろした。そして、こちらとカークの前に、空の大皿を置いた。
縁に、金の線と細かな赤い石の繊細な模様が入っている、とても高価そうな皿だ。先程のカップにも、黒い線と細かな青い石で、同じような模様が描かれていたのを思い出す。
これも、あの“見た目発言”と、関係するのだろうか。
「はい。おまちどおさま。大魔蟻蜜漬けにした、森林魔鴨の焼き物よ。ソースには、他の子たちが好きな、土火の強い太陽実の皮の代わりに、魔木苺を使ったわ。付け合わせは、瑠璃茸の炒め物、魔真木虫のクリームと魔実仁和えね」
ミランダさんは、そう言いながら、こちらの空の大皿の上に、蓋をかぶせた一回り小さい皿を載せて、その蓋を開けた。
もわっと中から、湯気が立った。
同時に、とても良い香りが、鼻腔を擽る。
見ると、こんがりと皮に焼き色のついた、大きな鳥の肉の塊が存在していた。
とても旨そうだ。
ごくりと喉が鳴る。
次に、彼女はカークの傍らに行き、同様にして、蓋をした皿を載せ蓋を開けた。
「こちらは、大魔蟻蜜漬けにした草原魔野雉の焼き物、魔真木花托のソース。付け合わせは、瑠璃茸もどきの炒め物、泡草のホイップと森林偽魔胡桃和えですわ」
「む。何も、同じような見た目にせんでも」
「あらぁ。宜しくて。これは、私の矜持ですの」
「ふん。勝手にせい」
あれ。仲がいいのか悪いのか、よく解らないね。この二人。
うん。それにしても、旨そうだな。この鳥の肉。早く食べたい。
「おう。これも、食いたいか? ‘リディクラム ヴェトゥス ラケルタ’」
カークが、自らの皿を指して言う。
ん。え。はい「チ」。
「あら。この子の契約名は、‘リディクラム ヴェトゥス ラケルタ’なのね。じゃあ、この可愛い顔をしている、この子の呼び名を‘ラケルタ’ちゃんにしていいかしら。契約名では、お客様に紹介をする時に困るでしょう?」
「ふむ。だが、その呼び名で区別がつくか」
「大丈夫よ。力ある上期古代語を従魔候補の呼び名にするのは、この施設内だけでなく、王国内でも、まずあり得ないわ」
「それもそうか。では、ミランダ。俺の分を‘ラケルタ’に分けるので、小皿を用意してくれないか」
「あらぁ。カークさんは、他になく、‘ラケルタ’ちゃんに優しいのね。他の子の時は、もっとそっけなかったり、厳しかったりしていらしたのに」
「言っとけ。皿を頼む。因みに、念を押しておく。こいつは雄性だぞ」
「はい。承りました。少々、お待ちくださいませ。‘ラケルタ’ちゃん、そちらを先に召し上がっていて下さいね」
ミランダさんは、そう言って奥へ戻って行った。
「おう。成り行きとなるが、今後、お前のことを‘ラケルタ’と呼ぶぞ。ま。俺の気分で、変わることもあるけどな」
ん。あ。え。そうなの。こちらは、こちらだと分かれば、それでいいよ。
……だけど、“可愛い”ね。
そういえば、検め事前の檻の中でも、ある女性から、そのような呼ばれ方をされた記憶があるよ。人間の女性からは、そのように見えるのかな?
でも、変だな。昨日鏡で確認した時、若いには若かったけど、可愛らしいという感じではなかったと思う。むしろ……あれ? どうだったかな。
ん。どうでもいいか。
それより、この旨そうな鳥の肉を、早く食べてみたい。
思索よりも食欲で。
さて、その鳥の肉は、どんな味なのでしょうか。




