3-10 ミランダさんの料理(1)
ちょっと、幸せ気分。
今、従魔食堂 ジャルディーノ デ ファミリアというところにいる。
その食堂にある、白い壁で区切られた小さな個室。そこに4人用の椅子と、それに対応する丸テーブルが一つある。そのテーブルには、きちんと白地のテーブルクロスが掛けられている。
そう。ちょっとした洋食レストランみたいな感じだ。
その椅子の一つに、ミランダさんという、ちょっと、色っぽいお姉さんに勧められて座っている。彼女は、その後すぐに、奥へと出て行ってしまった。
彼女は、食堂の入口からここまでの短い距離だけど、手をつないでくれた。
この手にまだ、ほんわかとした感触が、残っている。
今は、無害な家猫みたいな雰囲気と、その容貌をしている彼女。その服装は、緩やかな袖口の白系統のブラウスに、胸のすぐ下からある、赤色で裾の端に緑色の帯がある、丈の長いスカート。その上に、白いエプロンもしている。
そんな服の上からでも、出るところは出ていた。
ミランダさんは、スタイルが良い。
そんなことを考えて、ぼけっとしていた。
かたりと音がする。
ん?
音のする方角に振り向く。カークが、こちらの横の椅子に座っていた。
「む。ミランダはいい女だが、どうも、知的魔動物可愛がりが、酷くてかなわん。加えて、魔動物並みに魔素味覚まであるようなのだ。彼女が人間であるのは、確かだが、納得できん」
わ。ミランダさん人間確定。
でも、それって、どうやって調べたの。カークさん?
「あらぁ。カークさん。また、私の悪口? 好き嫌いは、個人の自由のはずよ」
そう言いながら、ミランダさんが、こちらに来た。そして、両手持ちの取っ手がある広口のカップに入った、冷製スープのようなものを置く。
「まずは、これを召し上がれ。魔水瓜と空魔豆ペーストの冷製スープよ。次が焼きあがるのに、少し時間がかかるの」
カップの中を覗くと、綺麗な緑色のスープの真ん中に、半ば透けた瓜のようなものが顔を覗かしている。さらに、白いクリームが、さざ波のように網目状に描かれていた。
へえ。すごい。趣向を凝らしている。
彼女は同じようなカップを、カークの前に置いて「はい、どうぞ」と言う。
「花魔水瓜と、若い草原豆ムースの冷製スープか」
「ええ。そうよ。これは、私用の試作品ですけど。カトラリーはテーブルの中央にまとめてあるわ。食べ方は、カークさん、あなたが教えておいてくださいね。私は次の準備があるので」
ミランダさんはそう言うと、また奥の方へと戻って行った。
カークのカップをちらりと覗く。お。カップの中は、瑞々しい黄緑色のムースの上に、淡い青色の大きな花がついた、小さな瓜のようなものが、ちょこんと載っている。それも気になってしまった。
「何だ。俺のも欲しいのか。後で分けてやるから、まずは、自分のものを食え。その前に、そこの深皿に入っている水で手を洗え。おう。そうだ。それから、そこの手拭きだ。よし。いいぞ。そして、その横にある布を、って。おい。何だ、知っているのか?」
まあ。ね。こちらが知っているのと、何となく同じだったから。
「む。これで良い。で、だ。そのスープは、そのままカップの手持ちを持って、口につけて飲んでも良い。具は、そうだな。他のやつと同じく素手で食っても良いが、そこの籠に入っている匙やフォークを使って食うのもの良い。ん。む。欲しいのに、手が伸ばせんか。ほれ。匙とフォークだ。好きな方で、食え。使わん方は、皿の端に置いておけ」
んー。何だか、ゆるいテーブルマナー講習を受けているみたいだ。こそばゆい。
そんなこんなで。
うん。旨い。
今、匙を使って冷製スープを食べている。
従魔食堂ジャルディーノ デ ファミリアのミランダさんから出された、最初の料理。魔水瓜と空魔豆ペーストの冷製スープ。全体的に涼やかな印象のスープだ。
真ん中に島のように見える、透き通った瓜のようなもの。魔水瓜。するりと匙が通った。これを口に含む。
お。冷たい。ひんやりとした感覚の上につるんとした舌ざわり。舌で押すと、くしゅりと潰れて、すぐになくなってしまった。
清流の水を飲んでいるような錯覚を起こす。微かにすーっとする冷涼感を伴う深い旨味が後に感じた。
空魔豆の色なのだろう。綺麗な青緑色をしている。匙で掬って一口、口に含む。さらりとした舌に優しい触感に、豆特有の少し癖のある甘さが広がる。
ん。わお。すーと鼻に抜ける冷涼感を伴う深い旨味が濃い。いいね。
「キュルウルル」喉から自然に音が出る。
あ。しまった。カークを見る。
「おう。その鳴き声を気にすることはない。今は、安心して普通に食え」
うん。まずは、大丈夫そうだ。
それでは、目の前の冷製スープに戻ろう。
この白いクリームは何だろう。
さざ波のような網目状に飾りつけている、その白いクリームだけを味わおうと、匙で慎重に掬う。
よっしゃ。掬えた。勇んで匙を口に運ぶ。
ん。蟹? いや、微妙に異なる。
何か、最近食べた味だ。これにも、あの甘さを伴う深い旨味がある。
わ。うそ。あの大芋虫だ。
へえ。おしゃれな演出。しかも、空魔豆の独特な甘さと妙に合う。
でも、さざ波ね。これの意味も同じなのだろうか。カークを見る。
「どうした。先程まで、旨そうな顔をして食っていたのに、妙に俺を詮索するような顔をしおって。ん。ふむ。その白いのは、恐らく、魔真木虫だな。何だ、丸ごとの大芋虫の方が良いか?」
まるで違う答えが返ってきた。もう。
それから、大芋虫は、丸ごとよりも、こっちのクリームの方が、断然良いから。
うん。まあ。詮ないことだし、諦めて残りを食べよう。
この冷製スープは、すべて合わせると、また違った旨さがあった。空魔豆の独特な甘さが、魔水瓜の冷たい清流のようなすがすがしさで更新された。そこに、蟹の香りが口腔内に豊かに広がる。
まだ、大芋虫が旨いという概念が固定しきれていない。なので、想像ビジュアルを蟹に変換をして、食べた。
何だか、昨日という日が、遠い過去のように感じた。
やっぱり、こういう料理のほうがいいね。うん。




