1-03 魔法陣
召喚といえば魔法陣。
今まで、とても悪い夢を見ていたような気がする。
それが何だったのか、記憶を手繰ろうにも頭の中が濃い霧で覆われているような感じで真っ白。
ん……。どうにも思い出せないようだね。
所詮、夢の中の話。思い出せないのも普通だろう。
それにどうせ夢を見るんだったら、楽しい夢のほうが断然良い。
正に現在、目の前で起こっている事象。
それは青白い光が円柱状に煌々と輝き、この光輝く円柱の内側で美しく揺らめき変幻していく図柄。
お。さっきのあれは、好みだな。
そう。今は、この幻想的な事象を呆けたように観覧しているところ。
こうして次々と鮮やかに現れ、儚くも失せ去るのは、魔法陣の紋様。
と思うも、そういった方面に詳しくはない。
だけど代わりに、この手の話が出てくるファンタジー系の本は良く読んでいて。
長らくお留守にはなっているけど、そういう系のゲームも好き。
それと、夢とは過去の記憶を整理する仕掛けなのだという話を聞く。
なので今見ているのは、そのような記憶の断片を再現しているのだろう。
今のように夢だと認識する夢は、今までにも、それなりに見ていて。
もちろんそれらは、起きた後も内容を覚えている夢。
一見筋が通っているようで、摩訶不思議なものがほとんど。
話の通り、記憶の断片の繋ぎ合わせが夢であるのなら、それも納得。
実際、自身の存在が空気のように希薄になって、ふわふわと宙に浮いていて。
ここは夢の中。こんなことだって、お手の物だろう。
ん?
(‘……せん’)
光の円柱の外側から、人間の声のようなものが、ぶつぶつと聞こえる。
(‘虚無に彷徨いたる現身よ、再びここに具現せしめよ’)
その言葉と共に、辺り一面が青白く光り輝く。
うあ。眩しい。
同時に、プールとかで泳ぎ過ぎた後に地上に上がった時のような、ずしりとした重みを感じる。
むー。身体が重い。
夢の中で、こんな細かいところまで再現するか。普通。
全く。その手の本を読み過ぎて、妙にリアルな夢を見ているのかな。
ふーん。そうか。
こんなところまで再現をするのなら、魔法陣の外側に魔法使いが居たりする?
そんなことを思いながら、片膝をついて俯いた状態から立ち上がり、頭も上げて青白い光の揺らめきが消えつつある円陣の外側を見回すように眺めると。
あ。居た。
この円陣の外、広めの石造りの部屋の奥に。
気味の悪い生き物の頭部を持つ短杖を片手に持ち、妙な装飾のある黒色系の丈の長いマントに同じ色のフードを深めに被るという装いをした者が一人。
一目見ても判る、原型的な魔法使いの装い。
そのようなとても解りやすい魔法使いの服装とは逆に、全身を覆う長いマントを羽織っていても判る、でかくて筋骨隆々とした体形。とても頑丈そう。
物語とかの魔法使いは、筋力がないのがお約束だよね。
少なくとも見た目は、そんな感じかと。
なので今見ている魔法使いは、違和感でしかなく。
あの筋肉の塊のような体型では、短杖と長マントと言うよりは、重量級の戦斧と鎧兜の方が、断然似合うと思う。
ん。そのでかい魔法使いが、こちらを見て固まっている?
どうしたのだろう?
いつも見る夢なら、こちらからあちらへと視点が変わる時。
だったら、ここで視点が変わら……ないね。
そんな事を考えながら、警戒もせずに奥に居る魔法使いを眺めていた。
すると魔法使いは、唐突に不気味な短杖の頭をこちらへ指し、野太い声で叫ぶ。
「‘魔綱の帯よ、そのものを印せし捕縛せん’」
え。何?
その答えは、すぐにやって来た。
魔法使いのすぐ横の石壁に、金属光沢をした黒い帯が束められて掛かっていて。
するりとその束が解けたかと思うと、しゅるりとこちらへと襲って来る。
避ける間もない。
あっと言う間に妙な黒い帯が、こちらの手首と胴体に纏わり付く。
思わず、両膝をついて声を上げた。
「クァ―ラゥ? クァーラァルルルー」
この場に似つかわしくない、鳥の鳴き声のような、美しく澄んだ音が響く。
え? 何これ。これが声?
確かにこの喉を震わせて出た音だけど。
「グッ、グルルァー!」
意識して喉を使っても変にかすれるだけで、鳥みたいな声なのは変わらない。
どうやら喉を震わせて音自体は出せても、その音を出す発声器そのものの構造が異なるようだ。
これでは、思うように言葉を発することができない。
現状に混乱をし、喉元の確認をしようと、急いで両手を上に伸ばすと。
じゃり
何か、金属が擦れるような音を身近に聞く。
次の瞬間、両手首がするりと胴体へと引き込まれて。
「グルゥ?!」
びっくりして、再び手を上に伸ばそうとするが、手首と胴体とで互いに引っ張り合ってしまうだけ。
続いてダメ押しかのように、全身に強い倦怠感が襲う。
それで、立つことは疎か膝立ちさえつらくなり、思わず両足を投げ出しぺたりと座り込む。
すると、ひんやりとした床の感触からか、背中にぞくりと冷たいものが走った。
頭もだるくて腰を二つに折れば、目線が自然と自らの膝から下に。
ん。こちらの足に青緑色の鱗が生えている?
うん。そうだね。ここは夢の中。
だけど、とてもだるい。こんな夢ってあり?
それに何なの。これ。
長いものに巻かれるとかは、仕事上であったりするけど。
夢の中で、物理的に巻かれるって、どうよ。
妙に現実感のある、嫌な夢。
夢なら、良い夢を見させて欲しいよ。
男は、悪役に出てきそうな、不気味な方の魔法使いの装いをしています。