3-09 従魔食堂ジャルディーノ デ ファミリア
扉の向こうに。
角を曲がる。
すると、すぐそこに、どっしりとした重厚な造りの木の扉が見えた。
そこから、食べ物を煮炊きする良い香りが漂ってくる。
腹は減ってないし、鳴ってもない。だけど、その香りで自然と唾液が溢れ出る。
ごくりとつばを飲み込んだ。
カークが、「ほれ。やはり、腹がへってるだろ」と、笑いながら、その両開きの大きな扉を開ける。
その扉の向こうに、一人の女性がいた。
丁度、そこを通りかかろうとしていたらしい。
カークが彼女を見下ろす。
これは、彼女が、小柄だからじゃないと思う。カークが、でか過ぎ。
「あら。いやだ。また、ご視察ですか? 大丈夫ですよ。いつも、ちゃんとしていますから」
彼女は、こちらを、ちらりと見る。その視線にぞくりとする。
「あらまあ。かわいい子ね。でも、人間の子供が来て、お口に合うようなものは、ここにないと思うわよ」
彼女は、そんなに若くはないような感じ。だけど、大人な女性の妖艶な雰囲気を醸し出していた。その色香の濃さは、こちらが良く知っている方の魔物のようだ。
「あら? その首飾り。この子、従魔候補なの? まあ。この子が、期待の星という、リザドリスク科の擬態魔動物さん? そう。晴れて従魔候補になれたのね。おめでとう。そして、ようこそ。従魔食堂ジャルディーノ デ ファミリアへ」
彼女は、歓迎をしてくれているらしい。妖艶な笑みを浮かべている。山猫のような野性味のある、艶めかしくて濃厚な色気。最早これでは、人外だ。
……魅せられる。
う。あ。え? 大丈夫だよね。まさか、そのまま、こちらが食べられてしまうことには、ならないよね?
急に不安になる。
カークが、こちらの気持ちの変化に感付いたらしく、彼女を睨み付ける。
「ふん。歓迎をするのはいいが、こいつが怖がっているぞ。色気も大概にせい」
これは見慣れたからいいけど、カークの眼力も結構、怖いものだと思う。
彼女は、しゅんとなって言った。
「あら。ごめんなさい。怖がらせるつもりは、なかったのよ」
カークが注意してから、先程までの人外ともいえる妖艶さが、彼女から消えた。単純に、こちらを歓迎してくれただけだったようだ。
今は、ちょっと色気がある、明るいお水系のお姉さんといえるかな。これくらいの色気なら、いいね。安心して見ていられる。
あの妖艶さでは、濃厚な色気に当てられて、こちらの精神が参ってしまう。正直、危うかった。もしも、自制心が外れて、見境なしに彼女を襲ったら、それこそ殺される。
だけど、彼女は人間なの? 従魔食堂とか言っているけれど。うーん。人間と考えるのが、妥当だよね。
先程の気配は、人外級の色気の塊だった。だけど、その姿は人間にしか見えない。それに、彼女が従魔の先輩だったら、こちらが人間に近いと大騒ぎをしたのは、何だったのか。彼女なんて流暢に人語まで発している。
カークが柔和な表情に変え、話を切り出す。
「ま。何だな。ミランダ。いつも元気そうで、何よりだ。何。こいつが腹減らしているから、早速、食わせに来た」
腹は減っていない。だけど、唾液が出ているので、その説得力がない。
うん。これは食欲からの健全な唾液だよ。
「そう。それで、この子は、何を食べるのかしら」
「そうだな。こいつは、人間が食うものも、普通に食える口でな。基本、リザドリスク科の普段食で大丈夫だ。禁忌食材はなさそうだな。特に、土系統の魔プラム、魔木苺、水土系統の瑠璃色の水の実を好む。逆に火土系統の草魔飛と緋色の火の実は苦手なようだ。それから、毒耐性を持たんようなので、その辺は注意をしてやってくれ」
「まあ。この短い時間に、随分と色々調べられたのね。」
ミランダと呼ばれた彼女は、半ば呆れ顔になる。
カークは、彼女の言葉だけを受けて話を続ける。
「まあな。そうだ。こいつは変わっていてな。伝説のドラコロイドのように、白牙色の風の実と、玄色の時の実も好む。こいつの擬態に必要なのだろ。風と時系統の食材があったら、食わせてやってくれ」
彼女は、ため息まじりに、答える。
「そう。残念だけど、今は風系統の食材を切らしているの。時系統の食材なんて置いてないわ。風系統を好む子は、それなりにいるけれど、時系統を食べる子は、ここにはいないわよ。今後、取り揃えておきますわ」
ふと、何かを思い出したのか、彼女は、満面の笑みを浮かべる。これは、普通にある、笑みだ。
「あ。あら。カークさん、一昨日、手に入ったとおっしゃっていらした、魔珊瑚草をお使いになられたのよね。その残りはあるかしら」
「お。おう。俺の調合室に保管してある。そうだな。後で持って来よう」
「じゃあ、この子には、火系統を少なめにして、本日の夕食用の食材でアレンジをしますわ。ついでに、カークさんにも、魔素含有量が少ないのを見繕って持って来てあげる」
「うむ。かたじけない」
あれ。何だか、カークがミランダさんに押されているような気がする。
「さあ、こちらに、いらっしゃい。あちらの個室にしましょう。お腹が空いていると思うけれど、良い子にして椅子に座って待っていて。すぐに、お料理を持って来てあげるからね」
ミランダさんが、優しくこちらの手をとり、仕切りがある部屋へと誘う。彼女の手は柔らかくて、ふんわかとしていた。
何だか、嬉しい。
ようやく、まともな? 女性に出会えたようです。




