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幻想日誌:魔動物として召喚された男の物語  作者: 森野昴
第3章 検め事の本番と審議結果
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3-08 居住施設の食堂へ

ひと段落して。

「腹が減ったろ、‘愉快な古トカゲ’。朝も少しで、結局、昼もなしになったな」


 ん? そうなるのかな。何故だか、腹が減るという感覚が、いまだにない。


 カークは、こちらを正式な契約名では、呼ばないようだ。


 実名を避けたのかな?


 え。意味は同じだから、別に、どちらでもいいじゃないか、だって?


 ん。ルーク? どういうこと。それ。


 あー。そうそう。それより、さっきのは、何? 死にそうな気分だったよ。


 笑っていないで、教えてよ。ねえ。


 すでに、言語化できているじゃない? もう、いいんでしょ。流石さすがに、怒るよ。


 え。まだ、本調子じゃないから、これから眠るって?


 えー。うー。もう。


 確かに、今のルークが伝えてくる言語化した意思は、従魔契約の魔法陣の時のような張りがない。かなり弱々しく感じる。笑っているけど、もしかすると、相当無理をしているのかもしれない。


「む。どうした? 腹が減り過ぎて、ぼぅとしているのか。ま。安心しな。施設案内の最初は食堂だ」


 そして、カークは、今更ながら思い出したかのように布を取り出し、自ら傷を付けた左手に、包帯のようにして巻いていた。


 こちらは、着替えをする。


 いままで着ていた、白いのは、あらため用とのこと。


 んー。真っ白なのは味気ないけど、あの柔らかい毛織物のような肌触りが気に入っていた。とはいえ、例の野生魔動物用の拘束具とも、気分的なリンクがある。うん。着替えて良かったと思う。


 今は、上下とも地色は若草色で、ふちに黄と赤の格子模様の刺繍ししゅうが入っているものだ。綿と麻を一緒にしたような肌触りで、悪くはない。


 その上から付けた、肩から胸元までをおおう、無駄にキラキラと光る派手なエメラルドグリーンの首飾りさえなければ。


 だけど、これこそが、従魔候補の目印になるという。無用な混乱を避ける、こちらの命綱ともいえる、大事なものだと理解した。


「さ。行くぞ。こっちだ」


 カークがこちらを促す。検め事以降、‘制御休止’状態のままだ。自らの意思で移動をする。階段を下り、地上階にでる。横手に、あの広い廊下がある。その反対方向、出口への方角に進んだ。


 カークが、待てのジェスチャーをする。だよね? 取りあえず止まる。それが正解だったようで、彼は、マントの中から何かを取り出しているようだ。


 ん。引き手?


「おう。規則でな。こっから先は、従魔候補には、これが必要だ。悪く思うなよ」


 カークはそう言って、こちらの首飾りの留め金に、引き手のフックをつなげた。


 へえ。よく見なければ、留め金とは解らないデザインになっているよ。これ。


 だけど、何か変だ。


「不思議か。従魔候補だとはいえ、施設の一員だ。気遣うのは当たり前だろ」


 そうなの。だったら、この引き手の規則は何なの。


 留め金とフックの先を見る。


「ああ。これな。本来、従魔は、契約主とお互いに深い信頼関係が築かれているものとされている。それに対して、従魔候補は、その信頼関係が築き切れていない魔動物だと見なされている。実際、従魔契約をしただけで、本物の信頼関係があるなんぞ言えん。お互いに深い信頼関係を築くには、とても時間がかかるものだ」


 信頼関係? 信頼なら、こちらは、とっくにしているよ。カークさん?


「む。そう俺を見るな。ま。言っちまえば、この引き手は、形式的なものでしかない。物理的な錠前もなければ、魔法的な呪縛もない。この引き手を外して、逃げようと思えば、幾らでも逃げることができる。何故そうかなのかは、お前なら、解るよな。では、行くぞ」


 そう言って、カークが先に歩き、引き手を引く。必然的に、こちらが少し後ろを歩くことになる。カークの視線が通らないところも、もちろん、ある。


 なるほどね。でも、逃げる気は、さらさらないよ。


 そのまま付いていって、着いた先は、最初に廊下の窓越しで見た、あの大きくて頑丈そうな石造りの建物だった。あの時に見えたのは裏手だったようだ。


 この建物には、立派な正面玄関とロビーのようなものがある。そう、まるで、高級ホテルにあるような、重厚な造りの正面玄関とロビーだ。


 カークは、こちらを引いて、正面玄関から堂々と建物の中へ入る。


 え。ここから入るの? 勝手口のようなところから、入るかと思っていた。


「どうした? む。ほれ。そこを見な。くつろいでいる、仲間たちがいるだろ」


 見ると、ロビーに設置してある、ゆったりとしたソファに、ぽつり、ぽつりと、ちゃんと服を着たヒト型魔動物らしい生き物たちが座っていた。


 近くのソファの一つを注目してみる。


 スマートなトカゲ系の生き物が、静かに座っていた。とても優雅なたたずまい。


 その横で、気持ちよさそうによりそって眠っている、亀に近い河童みたいな生き物と、栗鼠りすとアルマジロとを混合したような、小さな生き物もいる。眠っている2体は、こちらと同じ、エメラルドグリーンの派手な首飾りをしていた。


 ん。そのトカゲ系の生き物と目が合う。


 相手は一瞬、少し驚いたような表情を見せた。だけど、すぐに穏やかな表情になり、優雅に立ち上がって、こちらに会釈をしてくれた。その仕草は、まるで精練された秘書か執事のようだ。


 あ。え。会釈? あ。こちらも、あわてて会釈を返す。


「ふむ。良いことだ。ここはヒト型従魔の居住施設でな。住んでいる従魔と従魔候補は、この施設内のロビーまでは、ほぼ自由に行動ができる。従魔候補のお前も、これから、ここで住むことになる。この施設内に、食堂もあるからな。後は、食堂で早めの夕飯を食ってから話そう」


 カークが、にこやかに笑いながら言って、引き手のフックを外した。


「さ。まずは、食堂だ。そこの階段を上るぞ」


 彼の後を付いていって、階段を上る。手前から奥へ曲線を描くように伸びる幻想的な彫刻が施された段差の低い階段だ。


 何か、無駄に豪華にできていない?


「ははは。変だろ。でもな、王国の偉いさんがのたまうところでは、王の威信いしんを示すには、こういう見た目が必要なんだと。それを聞いたニサン伯爵様は、身もふたもないとおっしゃり、あの冷たく整ったお顔をゆがめて、困っていらしたな。あれは、見ものだったぞ。施設側としては、あって悪いものじゃないから、いいけどよ」


 へえ。そうなの。いろいろあるんだね。


「おう。その角を曲がれば、すぐだ。お待ちかねの飯にありつけるぞ。‘リディクラム ヴェトゥス ラケルタ’」


 え。いや。だから、腹は減ってないって。あ。あれ。正式名?


 ……ん? 角から、いい香りがする。


 これは、美味そうなものを調理している匂いだ。


その食堂とは。

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