3-04 ラッキーアイテム
幸運を呼ぶもの。
それからしばらくて。
がらりとでかい扉が開き、苦虫を噛み潰したような顔で呟くカークが顔を出す。
「ったく。夜中に偏魔素魔鉱石が予備も同時に粉々になるもんかよ」
どうやら、この部屋の空間魔素強度などを測定していた魔道具が壊れたらしい。
また予算がどうのとも呟いていたけど、こちらを見るなり表情を緩めて、自らの角刈りをした栗色の髪を掻く。
そして持ってきた台車から、魔プラムと殻付き胡桃に似たものが山盛りに入った木の器をいそいそと手に取り。
「すまんが、朝飯はこれで済ませてくれ。ん?」
こちらにとこの木の器を手渡そうとした時、こちらの右手にあるアイラちゃんの鱗のひとかけらを見つけ。
「おう。アイラのお守りか。なら、いいのがあるぞ」
と言うなり、木の器を奥側の棚に置くと、すぐに台車の方へと戻り、ガサゴソと何かを探し始め。
やがてパステルカラーの青とピンク色の、幾分か幅の広い組み紐を取り出す。
「こいつは受付で売っているもんだが、ラッキーアイテムとの噂で結構人気でな。ま。これは俺からのプレゼントだ」
この組み紐をこちらの左腕、ルーク風に言えば左上腕部に、ごつい手で器用にも丁寧に巻いてくれた。
これは、“アイラちゃんファンクラブの腕章”というものらしい。
見るとアイラちゃんを可愛いらしくデフォルメしたイラストが、組み紐を止める器具に描かれていて。それが丁度何かを入れるケースになっているようだ。
カークもこれに気づき。
「ほう。これには、気が付かんかったな。ほれ、貸しな。そいつを入れてやろう。もっとちゃんとした鱗か爪があれば良かったか。ははは」
と朗らかに笑いながら、アイラちゃんの鱗をそのケースの中に入れてくれた。
この時、ルークは、
―そんな甲斐甲斐しい魔動物召喚魔術師が居るか。ククク―
と笑い転げ。
そう。ルークの言語化した意思が戻って来てくれている。
もちろん、アイラちゃんの鱗を保持する問題も解消。
ほんと。ラッキーアイテムだよね。これ。
カークは、こちらに付けた“腕章”のケースに鱗を収めた後、所用があるのでなと慌ただしく扉に鍵をかけて去っていった。
まずは、と。
これだよね。うん。
棚の上から木の器の熟した魔プラムを手に取って実をこすり。口に放り込んで、舌と上顎でプツリと潰して皮を弾けさせ、先味の果物特有の甘酸っぱい味と後味の甘味を伴う奥深い旨味とを味わう。
―随分と魔プラムを好むのだな。ナオト―
そうだね。これはとても旨いよ。
口いっぱいに頬張っていても、言語化した意思での返答は困らない。
もっとも、この喉からの澄んだ鳥のような声で会話はできないけど。
そんなこんなで、次々と魔プラムを頬張りながらルークと四方山話を楽しむ。
結果、山盛りの魔プラムも寂しい数。
他にも硬そうな殻に包まれた、木の実の胡桃に似たものもあるけど、初見なのでどうしようかと迷う。
ルークによれば、この胡桃のようなものは、魔真木魔実の種だとか。
この種は、胡桃と同じく殻の中の仁を食用とするもので、その仁は、殻がついた状態にしておけば、かなり保存が効くし、魔素もそれなり含有するから有用な食料だとのこと。
ルークは続けて、そうそう仁といえば真魔核魔生物の核小体と魔核オルガネラがどうのと、とても楽しそうな感情と共に伝えて来たりで。
う。逆にこれは言語化されると難しいよ。
ルークは、こちらの言葉を返し。
―言語で難しいのなら、イメージで図解したものがあるぞ―
と、彼は意識の表層を全開放して誘って来た。
あー。これは、まるで話に興が乗った大学の先生だ。やばい。
ルーク。そんな勢いだったら、その誘いに乗ってイメージの詳細を見たら最後、手放してくれないでしょ。この後、誰がこの身体を動かすの。冗談じゃない。
それでもルークは意識の表層イメージへの勧誘を諦めきれないのか怒涛のように専門用語と数字の羅列を言語化した意思で伝えて来る。
なのでルークとの会話は諦めて、これをバックミュージックに魔真木魔実の種を食べよう。
魔真木魔実の種の一見固そうな殻。
だけどこれは、二つの種を合わせて握ると思ったより簡単に割れた。
中身は、皺の深い鬼胡桃に似た仁。
味に期待を寄せて、口の中へと殻の中身を放り込む。
んー。口に含むと結構渋い。
……残念。いまいち、か。
お。
咀嚼していくと渋が抜けクリーミーな良い味に変化して。後味に甘さを伴う深い旨味も色濃く、それなりに楽しめる味。
うん。これはいける。
ん。けど魔真木魔実とはね。
魔女っ子とかの名前にありそう。
うふ。ルークの言語変換のセンスに笑える。
後に、落ち着きを取り戻したルークと普通に四方山話を楽しむ。
その時のルークの説明と意識の表層のイメージによると、魔真木魔実は単純に、その樹姿と果実の形態がこちらの真木の種類に似ているからだとか。
魔真木も真木と同じように魔実の下に付いている深紅色の丸い花托が甘くて食べられる。
だけど、この部位は魔素含有量が極端に少ないので、あまりお勧めできないものなんだって。
ふと天井の窓を見ると、結構高い位置から日の光が降り注いでいて。
あ。ん。そろそろ時間かも。
―そうだな。では我は表面波長の変調を開始するか―
え。もう? 持続時間が関係するんじゃなかったの。
―それもそうだが、発動開始時には我固有の魔素流が漏れ出るから目立つ。加えて違和感なく全身の変調を行うには時間がかかるからだ。後を頼んだぞ。ナオト―
これが伝わり終わるのと同時に、今度は緑がかった青白い光が全身を一瞬包んでは消える。
そう。いよいよ、ルークが全身の表面波長の変調を開始。
全身が光る身体を目にしたら、ここの人間たちにも奇異に映るだろう。
確かに、これじゃあ、通るものも通らなくなるよね。
ん? 全身が、もぞもぞとする。
うー。たまんなく、くすぐったーい。
うあー。じっとなんか、していられないよ。
そう。今日は検め事の当日。それも、残された時間は後僅か。今、声を出せば、その後も我慢ができるかどうか自信がない。それで笑いを堪えて七転八倒。
しばらくそんな状態が続いた後、ようやく落ち着く。
ふう。そうか。指先だけなら、あの程度のもぞもぞで済んでたけど、全身になるとこうなる訳ね。
こちらが見える範囲で、自身の状態を確認する。
うーん。よく解らないけれど、変なところはない。
これなら大丈夫だよね。うん。
時間つぶしに残りの魔真木魔実の種を割っては中身の仁を食べ。
あれ。食べ続けると癖になるよ。この味。
それから程なくして、でかい扉ががらりと開く。
その先を見ると、演習の時に見た、鷹の羽のような飾りが付いた帽子に、黒い立派な議会衣装を着込むカーク。
「おう。そろそろ行くぞ。ん。何だ今食っているのか。ま。緊張しているよりは、それくらいの方が良いか。準備をしている間に飲み込め」
え。あ。うん。
慌てて残っている魔真木魔実の仁を飲み込むと、喉に小さな破片が引っかかり、ケホケホとむせる。
「そんなに慌てんでもよい。ほれ。水分がいるだろ」
カークは呆れたような顔でそう言って、容器に入った飲料を差し出す。
ふう。助かった。
有り難く頂いた飲料を飲んでいると、脳裏に笑い転げるルークが浮かんだ。
いよいよです。直人君に幸あらんことを。




