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幻想日誌:魔動物として召喚された男の物語  作者: 森野昴
第3章 検め事の本番と審議結果
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3-01 前夜の来訪者

何かが、来る。

 珍味が続いた夕飯は、終わりを告げた。


 片づけたものを台車積み終えたカークは穏やかな声で。


「ま。これだけ魔素含有量の高いもんを食ったんだから、体内魔素量は十分だろ。検め事本番は明日の昼過ぎ開始だから、よく休め」


 と言って部屋から出て、でかい扉の向こう側の鍵の音。


 ランタンに似た器具が揺れる小さな明かりと共に足音と台車の音が遠のきつつ、無駄に広い石造りの部屋は再び静粛に包まれて。


 棒立ちのまま天井を仰ぎ見れば。


 天翔ける生き物の透かし彫りの窓から静かに揺らぐ星々が辺りを照らし。


 その下には朧気に揺らぐ自らの影がひとつ。


 ん。あ。いやいや。


 軽く頭を振り、この広いばかりの部屋を見渡せば。目に入るのは当然ど真ん中に築かれた藁山の寝床。


 そのまま藁山に向かい、例のクリーム色の肌触りの良い毛布の上へと寝転ぶ。


 ……ふう。


 こんな時は作り笑いでも笑顔が大切だと、両の口角を意識して上げ。先程までの奇妙な夕飯の記憶を辿る。


 えーと。そうそう。


 意外と虫とかも食えるかな。流石にものにもよるけど。


 一番旨かったものといえば。錦糸魔蜘蛛きんしまぐも魔絹糸腺まけんしせんの大袋に入っていた中身。


 そういえば。カークが、あの魔絹糸腺の残骸を拾い上げた時、悲しげな顔をしていたっけ。そのまま丁寧に扱えば、なかなか無い綺麗な状態の標本になったとか。


 くしゃくしゃにして申し訳ないとは思う。


 でもね。あの中身の香りと旨さには、とてもじゃないけど勝てないよ。


 なので綺麗な状態の魔絹糸腺の大袋が大変貴重だというのは頷ける。


 その後再び魔珊瑚草まさんごそうの実の味を楽しんで。癖になりそうな様々な味の実。だけど緋色の火の実だけは食べる気がしない。


 んー。あの火を噴くような辛さは災害級だよ。ほんと。


 リザドリスク系は、あの火の実が好きだとか。おまけにでかいバッタの草魔飛くさまとびが大好物だと聞く。こちらとは相当異なる味覚を持つのだろう。


 そんな感じで、つらつらと(つら)ねて更に時が過ぎ。


 天駆ける生き物の透かし彫りの天井には、相変わらず静かに揺らめく星々。


 ……明日ね。


 流石に明日のことが気になって眠れない。


 パリン、パリン。


 突然、扉の向こう側でガラスのようなものが割れる音。


 え?


 咄嗟に振り向き、扉の方を見ても何の気配もない。


―…………!―


 俄かに若い男性の楽しげな声が響く。


 そう。この身体に見合う声質せいしつ。だけどこれは音を震わせて伝える声とは異なる。そしてこれは恐れることではないとの意味の意思を、言語の”声”に変換して相手に認知させているという……。


 ん。あれ。この“声”の仕組みを?


 などと、こちらが疑問に思っているところで。


 続いて次の“声”。


 今回は、明瞭に“聞こえる”。


―やあ。脅かしてしまったかな。ナオト、探したよ―


 え。ナオト?


―ナオト オオモリ。大森 直人、君の名だよ。忘れてしまったかい?―


 言われてみれば、そのような名前かも。


 だけど、手繰る記憶の先にはもやがかかった感じで確信が持てない。


―そう。思ったより傷が大きいようだね。これは時間をかけるしかないな―


 傷?


―時期が来たら話すよ。今の君には、きついだろう―


 ふーん。そうなの。


 じゃあ、こちらの名前がナオトだとして、そちらには名前があるの?


―我の名は、ルークルカン。他の名も数多くあるが、今はこの名で呼んで欲しい。ルークと呼んでくれた方が嬉しいが、それは君に任せる―


 ルーク? あれ。最近どこかで聞いたような。


 あ。昼の湯船でトラロクとかいっていた間違い電話のろくでなしからだ。


―ん? ナオト、トラロクを知っているのか。懐かしいな。だが間違い電話とは、どうした。トラロクらしいといえば、らしいのだが―


 あれ。お知り合いだったの。それに電話というのも認識するんだ。


 そう。今の”声”はトラロクの時とは異なり、理解し難い異質な意思が流れ込み、こちらの思考を読んでいる。


―まあ詳しくは後で、ゆっくりと話そうじゃないか。今君が居る、我の身体でね。我は今、不安定な状態にいる。すまないが同居させてもらうよ―


 え。同居?


 そう思うかの刹那。途方もなく強くてでかい意識を伴うエネルギーの塊のようなものが、この身体の中へと怒涛どとうのように流れ込んで来て。


 同時に、この意識を伴う膨大な量のエネルギーの塊そのものが、ルークルカンと名乗る声の主だとおのずから理解させられる。


 そう。先程まで”会話”をしていた”声”に伴う意思からにじみていた意識の性質と、今流れ込むエネルギー塊に含まれる意識の性質とが、全く同じもの。


 この意識の性質を具体的に言うと……。


 うーん。何だろね。


 あえて言うなら。老成した大人と落ち着かない子供とが同時に居るような感じ。慈愛に満ちた優しさと、底知れぬ恐ろしさとを綯交ないまぜにした性格の意識かなかと。


 そして、こんな膨大な量の塊が入れば、こちらは消えて無くなるのではと直後に感じた恐れと危惧は全くの杞憂だったり。


 こちらの意識の周りにと、いつの間にやら薄い膜のようなものが張り巡る。この膜で本能的に安全が認識できるので、こちら側は何の危険も感じない。


 自身の安全を確信すると、流入する相手を観察する余裕も出て。


 そう。流入している時間が長いようだ。なので、この身体にルークルカンという膨大なエネルギーが納まり切れるのかと、他人事ながら心配をしたりで。


 こちらの勝手な心配を他所に難なく全てが納まり、その直後には身体が強く光り輝くのを目にして。それも今は、何も無かったかのような状態となっている。


 何だかんだと、これらの展開に茫然としている中。


 ふわりと脳裏に届く“声”。先程よりも、かなり近い。


―やはり、我の身体は居心地が良いな。ん。そうだ。ナオト。少しの間点検の為、我がこの身体を主導するぞ―


 その“声”が伝わるのと同時に、この身体とこちらの意思との応答が、ぷつりと切れたのを感じた。そう。あの“外部制御”の時とよく似た感覚。


 次に言語変換をし忘れたのか、イメージとしての意思が、こちらへと流れ込む。


 え。あ。ルークルカンさん、ルーク。それはだめ。だめだって。


 今はルークルカンと名乗るものが動かしているこの身体。そのまま、藁山の上で立ち上がり、大きく伸びをしようとした。


 そう。これでもかという程、両手を上に伸び広げようとして。


 じゃり。


 あ。


 久しぶりに聞く音。そして、嫌だから避けていた音。


「キュグルルルル。グアーラゥー!」


 辺りに、澄んだ鳥のような鳴き声が響く。


 この鳴き声はこの身体の喉から発してはいるが、こちらではなく。幸いにして、あの後に来る嫌なだるさも感じていない。


 だけど、この身体は藁山から転げて落ちて派手にぶっ倒れていて、そこから立ち上がろうとして全身の筋肉が震えている。相当、こたえているようだ。


 これはかなり痛いんだろうな。もちろん今のこちらは、痛覚も感じていない。


 だから、まずは聞く耳持とうよ。ルークルカンさん。こちらと同じようなことをして、同じような目にっているのをの当たりにすれば、親しみが湧くけど。


―これは何の因縁なのだ? ようやく身体を得たのに、この帯は……―


 ん?


―いや。何でもない。だが何て酷い倦怠感だ。これがおさまるまで、我がこの身体を主導しよう。今渡せば、君がこの感覚に襲われてしまうだろう?―


 うん。そのようだね。


 なのでこれは、こちらからも是非ともお願いしたい。


ルークルカンと名乗る来訪者は、ずっこけたようです。

さて、これからどうなるでしょうか。



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