1-02 邂逅
少しグロテスクな表現があるかもしれないです。
そういう系が苦手な方はごめんなさい。
……何だろう。
ぼんやりした頭で徐に目を開くと、そこには妙な光景が広がっていた。
粒の荒い小さな黒い粒子が、まるで生き物のように群がっては散り、渦巻く。
遠くを見れば、これらの黒い粒子で霞がかかり空は朧。
渦巻く黒い粒子の切れ間に、罅割れ乾燥した地面が横たわる。
このような景色が視界の届く限り延々と続く。どこまでも。
何だか、とても寂しい気分にさせられる景色。
加えて、妙な体の感覚。
完全に麻痺をしてしまったのか、体躯を捻ることも首を動かすこともできない。一方で宙に浮き、どこかへ漂っているような感じ。
まるで、軽い風船か何かになってしまったかのよう。
浮いて漂っているだけで、どうすることもできない。
だけど、こんな状況なのに安らぎさえ感じていて。
私は今、夢の中に居るのだろう。
ふと、それなら現実の私はどうなっているのかと、不安がよぎり。
ん。あれ。
何か気にすることなんてあったかな。
まあ、いいか。
そもそも、何を気にしていたか忘れたし。
曖昧な内に不安は消えて、目の前の荒涼とした妙な景色を何ともなしに眺める。
眺めることしか、することがないけれど。
ゆったりとしていて、とても穏やかで。
ふわふわと浮遊して、ただただ、流されて。
それにしても変な夢。よほど休みたかったのだろうか。
長々と漂って、どのくらい経ったのだろう。
実際には夢の中だから、これも一瞬のことなのかもしれない。
今も今までと同じで、荒涼とした景色が続いている。
それでも、ここよりさほど遠くない場所で黒い粒子の濃度が一段と濃いという、ちょっとした異変に気付く。
その濃くなっている場所を注目すると、ぼんやりと映る、何かの影。
その影をさらによく見てみると、長い棒の中央にボール状のようなものをひとつ付けて、ふわふわと浮かんでいるように見える。
次第に黒い粒子が濃く見えた空間が大きくなっていく。
どうも、あの場所へと近づいていっているような気が。
そして、私はこの場所に停止している。
あの宙に浮いた物体のすぐ傍。
そしてここでは、あの物体を避けるようにして黒い粒子が存在していない。
なので今は、その宙に浮いた物体を鮮明に見ることができる。
う。生首?
そう。そこには、人間の頭部だけが存在し、首から下がない。
それも、テレビのマジックショーなどによくある可愛らしいものではなく。
鋭利な刃物か何かで、首から下を横に切り離したような断面がある。
その断面からは、気管の穴や頸椎や脊髄の残片のような白いものが覗き見えて。 すぐにでも血液の残滓が滴り落ちてくるのではないかと思える程に新鮮な感じ。
さらに無残にも、その頭部には耳の上あたりで水平に金属製の槍のようなものが突き刺ささり。
そして、その突き刺さった槍に頭部がぶら下がるかのように、空中でゆらゆらと揺れているという不可解な光景。
これが私のすぐ目の前、真正面に存在している。
視界から外したくても、私の体は相変わらず言うことを聞いてくれない。
顔を背けることさえもできない。
幸いにして、眼球を動かしたり瞼を閉じたりすることはできる。
だけどそれでも目が離せない。
見たいものではないが、自ずと注目してしまう。
この浮かんでいる頭部は、年若い少年のものだったのだろうか。
かなり整った容貌をしていて、女性ともとれる中性的な面立ち。
当然のように、この年若い少年の顔は、とても青白くて血の気がない。
そしてこの端正な顔には、うっすらと開かれた大きな二重の瞼と長い眉毛から、透き通ったガラス玉のような眼球が覗く。
ふと、そのガラス玉の眼球と焦点が合わさる。
その刹那、青白く生気のない生首の両目が、かっと見開らき。
虚ろだった眼球に力強い生気が満ちていく。
同時に、黒っぽい色をした毛髪が光を帯び、あるはずもない色彩へと変化する。
その鋭い両の目は、今、らんらんとした生命の光を宿し。
眩しいまでの光を放つ青緑色がかった銀色の髪を、ふわりと揺らめかす。
槍で串刺しにされた哀れな青白い生首が、王者の威容を纏っていく。
透き通った鮮紅色の虹彩を持つ双眸は、さらに輝きを増す。
そして漆黒の針のような縦長の瞳が、しっかりと私を見返し、冷たく射貫く。
この異形の双眸に射抜かれて、とても恐ろしい。
なので、今すぐにでも逃げだしたい。
なのに、自らの体は首の筋肉のひとつすらも応答がない。
もう、その縦長の瞳に吸い込まれるようにして、見つめるしかなく。
ぐ。精神が押し潰されそうだ。
そう。私という存在そのものが、徹底的に圧縮されて押し潰され、何もかもなくなってしまいそうな感覚。
そんな、拷問にでもかけられたような感覚に晒されながら、沈黙の時が流れて。
やがて、その圧倒的な威圧感が、うそのように消えた。
そして、打って変わったかのように、その槍が刺さった青白い生首は、私の方へ優しげな眼差しを向けた。微かに両の口角を上げて微笑んだ感じすらする。
そうは言っても、恐ろしいのは、今も変わらなく。
息をのむ、あるいは叫ぶ、それができるならば、せめてそれだけでもできるならそうしたい。けれども、体は言うことを聞かず、声も出ず、何もできない。
何という悪夢。
……。
一瞬、なぜか私自身が、歓喜の雄叫びを上げたのを見たような気がした。
その直後に、全てが真っ白となり、意識が飛ぶ。