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2-11 演習

覚悟はしていたけれど

 今は、がんじがらめだ。こちらは、もとより抵抗する気は、さらさらない。だけど、首元が重いのは勘弁して欲しい。


 先程のように、頭が上げられないことはない。それでも、首元に重みがかかってとても痛い。この分だと、擦れて血がにじんでいるんじゃないかな。


「む。時間が惜しい。そのまま食わすぞ。ほれ、口を開けな。あーんとな」


 え。あ。強制的な命令ではなかったが、流れ的に口を開けてしまった。直後に、口腔内へ魔木苺まきいちごのラズベリーみたいな果肉が、複数個放り込まれる。


 口を閉じると、木苺と同じような独特な甘い香りが、鼻腔をふんわりと通り抜けた。果肉を舌で潰すと、濃厚な香りと甘酸っぱい味が広がった後に、あの甘さを伴う奥深い旨味が魔プラムより数段強く感じた。旨いな。こんな状態じゃなかったら、すごく嬉しかったのに。


 ……うん。食べ物は、自らの意思で食べたい。こんなの嫌だ。


 つと涙がこぼれる。


「泣くな。命あってのことだ。最小制御のまま演習を始めるぞ」


 カークが、饅頭型の魔道具に手をかざして言葉を発する。


「‘アブィニシオ’」


 すると、頭上を含めて格子状の柵に囲まれた。檻? 今、こちらは檻の中にいるようだ。どこまで厳重なの。


 カークはこの檻の出入り口の近くで待機しているようだ。


 静粛せいしゅくな場。人間の気配はするのに物音ひとつしない。


「これより第1,024回従魔候補選定検めを開始する」


 この静粛を破るかのように、一段と高い位置にある豪華な椅子の方から、おごそかな女性のりんとした声が響いた。


 その声の主の顔は影がかかっていて、よく見えない。注視をしても、わざと画像処理をしているような、ぼやけた感じでしか見えない。やっとの人間の女性なのに、見せてはくれないのか。


 その声を合図に、カークがこちらを檻から出し、を取って中央まで誘導する。こちらは人間に近い容姿をしている。だから、絵的にかなりマズいことになっているだろう。


 人間としての尊厳そんげん? それははなから期待していない。こちらの立ち位置は、ミネティティとかいう擬態系魔動物。こちらから言葉が通じない。容姿も人間に近いだけで、同じではない。食性しょくせいですら異なっている。これが最適解ではないだろうけれど、こちらは、そうせざるを得ないんだ。


 それに、これには、生死がかかっている。どうのと言っていられない。これは、夢の中とか現実とか関係ない。死ぬと終わる。ただそれだけが、こちらの心の奥底で叫んでいる。


 こちらの覚悟の決意とは裏腹に、この足は、場の恐ろしいまでの威圧感に怖気つき、すでに逃げ足となっている。このままでは、場の雰囲気に呑まれてパニックになる。えいと気力を振り絞る。


 ……冷静になろう。そして従順なトカゲであれだ。こちらはカークを信頼することにしたんだ。そうだ。アイラちゃんを思い起こそう。


 先程の凛とした女性のよく通る声が、問う。


「カーク・フェアフィールド。そちが当該とうがい魔動物を召喚したことを誓うか」


 カークが厳粛げんしゅくな顔をして礼をしながら答える。


「ドイ王国国府魔動物召喚魔術師主任、カーク・フェアフィールドの名においてたがわぬことを誓う」


 一拍おいて、再び同じ女性の声。


「では、審議に当たり、当該魔動物に関して質疑しつぎのあるものは挙手きょしゅせよ」


 それから、上の席にいる幾人かが挙手をして、カークと何やら難解な問答を行い、こちらが言語理解可能であることを確認すると、単純な是非の問いがあった。


 それは、この場所を指してここが初めてかということと、カークを指して当召喚魔術師に従うかどうかというようなことだった。


 もちろん、その2つの答えは「チ」だ。


 最終結果は後程通達するということで、呆気ない程簡単に終了した。そして、もとの檻までカークの引き手に誘導されて戻り、中に入った。


 元の位置に戻ると、カークが饅頭型の魔道具に手をかざして「終わるぞ。’フィーニス’」と言い、議場が忽然こつぜんと消えて、何もない石造りの殺風景な部屋に戻った。


 “演習”を終えて、カークが、こちらのヒト型野生魔動物用の拘束具を解きながら言うには、これは演習用で想定した通常のやりとりだから、実際には何が起こるか分からないが、おおむねこんなところだろうとのこと。


 また、この拘束は、過去にパニックに陥り、あたりかまわず暴れだすリザイア系魔動物が頻繁ひんぱんにでたことによる処置だが、お前が余りにも人間の姿に近いから、この状態が逆に議員らにどう映るかも気がかりの一つだと言っていた。


 是非の問いは、この施設に召喚される野生魔動物は、知能があっても単純な言語理解ができるまであるため、平易へいいな言葉で行われているとのこと。


 ただし、妙な問いがあったら、曲解きょっかいされる恐れがあるから、何も答えず黙っていろ、とも言っていた。


 ともあれ、がんじがらめにされた上に、高圧的な雰囲気の中、大勢の威圧的な目にさらされるのには、辟易へきえきした。


 本番で、いきなりこれをされたら、確かにパニックになる。段階をて行ったからか、終わりの方では、それ程、脅威を感じなくなっていた。これは演習の成果といっていいのかもしれない。


 カークが、こちらのヒト型野生魔動物用のいましめを解除してくれた後、解放された頸部けいぶさする。あれだけ重いもので、痛みもあったのに、首に傷がついていなかったようで、擦った手に血が付いていなかった。


 元の黒っぽいフード付きのマントに戻ったカークが「ほれ、毛布」と言って、いままで使っていたクリーム色の毛布を手渡してくれた。続いて、棚のある方角の壁に短杖を向け、「’藁山準備’」と言った。


 すると、壁から大きなロール状の藁束が5か6巻きほど、するりと出現した。これらの藁束が部屋の中央付近に来ると、順に上に乗っかっていっては束がばらけて、藁山となっていった。


 室内全体に、どこか懐かしい、新しい干し草のひなびた良い香りが充満した。


 それから、着替えと共に、魔木苺を少し小さめの木の器にこんもりと盛って手渡してくれた。その魔木苺を器から手に取って口に含むと、じんわりと甘くて深い旨味を伴う甘酸っぱい味が、口腔内全体に広がった。


 はー。やはり、自分の意思で食べるのは、とてもいいね。


「チュンチュク キュルウルル」と、幸せそうな小鳥のさえずりに似た鳴き声が喉から迸るのはご愛敬。感情と鳴き声とがリンクしているのは確かだ。


 こちらが魔木苺を楽しんでいる間に、カークは台車を押して出てった。彼は、何か間違いがあるといかんからと言って、外から扉の鍵をかけていった。



演習は意外と呆気なかったようです。

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