2-10 偽りの場
気持ちは、戻ったようです。ですが。
(本日は2話投稿しました。これは2話目です)
カークは扉の方へと戻った。そして、扉の内側に入れてあった、重そうな車輪付きの台車をがらごろと押して、部屋の奥の方へと戻る。
その台車は、丈夫な金属のようなもので出来ていて、3段の板が区切られている。そして、その一番上に、大きな饅頭のような金属光沢がある物体が置いてある。彼は、その物体の点検をしているようだ。
「よし。これで良いだろ。こっちに来い、‘古トカゲ’。毛布も一緒にな」
あ。これ。うん「クグルゥ? チ」。
素直に毛布を手にして、カークのもとへと向かう。
んー。気を抜いたからかな。ちょっと見境なく声が出ているよ。ここでは良くても、無意識に声が出るのは危険だ。強く意識して自制をしないと。
こちらがカークの側に来ると、彼は棚がある方角の壁に短杖を向けた。
「む。では‘藁山回収’」
すると、その方面の壁の下の方に、するりと巨大な黒い穴が開き、でかい藁山が丸ごと回収されていった。その様子があまりにもダイナミックだったので、思わず、その藁山が消えていった穴を凝視した。
「何、ちと邪魔になるのでな。終わったら、ちゃんと新しいのを出してやるから安心しろ」
え。
「ま。まずは見ていな」
カーク短杖を上に向けた。
「‘すべてを影に’」
その言葉と共に、明るかった室内が、俄に薄暗くなった。
そして、彼は饅頭型の物体に他方の手をかざす。
「‘あらざる時、あらざる場所で。偽りの場をここに示せ。ニシ カウサ デ イン カメラ’」
するとどうだろう。何もなかった殺風景な室内は、豪奢な装飾が壁や柱のあちらこちらに施され、高級そうな椅子がずらりと階段状に並ぶ、とても荘厳な雰囲気を醸し出す議場へと様変わりした。
そして、その豪華な椅子に座っている数十人の人間の気配。それらが一斉に、こちらを刺すように見下ろしている視線をひしひしと感じた。
もう、びびりまくってありゃしない。できるなら逃げたい。先程までの何もない室内が、恋しくてたまらなくなる位、今の居心地は最悪だ。
メンタルタフじゃないのかだって? 冗談じゃない。こちらにも、心の準備というものがある。こんな場所に突然変化して、この多人数の刺すような、威圧的な目線だなんて反則だ。とても怖い。
もう、何が何だか分からないよ「クァ―ラゥ。クグウックァ―ラゥ……」。
あ。自制しようと決めた矢先で、思わず声が出てしまった。
「ふむ。予想をした通り、狼狽えておるな。心配するな。これは偽りの場だ。だが、これは本物と同じように動く。これで、場の雰囲気に呑まれんよう、検め事の場というものに慣れてもらうぞ」
偽りなの? すごくリアルなのだけど。ん。やっぱり、夢の中ということ?
「これは幻を映す魔道具でな。動かすと魔素をかなり食うのが難点だ。ま。これは魔鉱石を採取しに行けば良い。よし。演習は臨場感を出すため、明日の本番と同じ様にするぞ」
え?
「ああ。今はパニックになって、変に暴れられても困るか。‘外部制御体制’」
カークはそういって、こちらに短杖を向けた。
え。あ。身体の自由が利かない。というか、動かすのが面倒くさい。その上、抵抗したい気持ちも薄らいでいる。昨日と同じような感覚だ。
その後、カークは台車の下の段に手を伸ばす。がちゃりと金属どうしが擦れる音がした。彼が手に持つものは、何かの金属でできた鎖と幅広の輪だ。実に重そうで物々しい。こちらの保定魔道具が可愛らしく見える。
「お前の場合、この拘束具の意味はない。現にいつでも今の状態にすることが可能だからな。だが、お前は飽くまでリザイア目リザドリスク科ミネティティ属の変種なのだ。この保定魔道具について深く追求されると面倒なことになる。だからヒト型野生魔動物の扱いに則るぞ」
こちらは、なすがままだ。いやはや、がんじがらめだよ。これ。首、両手、両足に金属製の輪が填って鎖で繋がっている。これじゃ、歩くのもおぼつかないじゃないかな。
まだ、両手が前にあるだけましか。その両手だって、腰回りの鎖で前後を固定されている。何だか、脱出ものをするマジシャンにでもなった気分だよ。
多分、これだけされていても、冷静でいられるのは、カークの言う“今の状態”のせいだろう。どこか一歩下がっていて、実感がない。他人事のような感覚かな。それで、どうでもいいって感じ。抵抗する気にもなれない。
まあ、逆にいえば、この“今の状態”だから、耐えられている。主体性を持たないと言うのは、ある意味、精神的に楽だからね。だからといって、ずっとこのままだったら、そりゃ嫌だけど。
「さて、俺も着替えるか。‘議会衣装変化’」
すると、カークの黒っぽいフード付きマントが、豪奢なビロード様の黒い小マント付き長衣と白いひらひらのスカーフ、鷹の羽のような飾りが付いた黒い毛皮の帽子に変化した。
彼は、少しいたずらっぽく笑う。
「明日の昼頃に、この恰好で迎えに来るからな。びっくりせんよう覚えておけ」
そうか。明日昼頃になるのか。
「何だ、反応が薄いな。ああ。この制御は解除するぞ。保定魔道具の力場も指摘されると面倒だからな。いいか、制御が外れても暴れるなよ。‘制御休止’」
その途端、身体から力が抜け、ずしりと金属の重みが身体に伝わる。重い。暴れるも何も、こんなに重かったら、何も出来ないよ。立っているのもつらい。
「何をへばっているのだ? 今は、制御なしだぞ。ああ。保定魔道具から魔素を得ていたのか。制御発動中は体内魔素量も制御されると、あの書物に書いてあったな。ふむ。外部制御は被施術魔動物の魔素を食うもと伝わるが、今は昼も近い。腹が減っているのか?」
腹が減る、どうだろう。そう言う感覚はない。でも、くらくらする感じはするので、何か口に入れた方が良いような気がする。首にかかる重みで頭も上げられないので、とりあえず「チ」と答えた。
「そうか。まずは、試しに‘最小制御体制’。これで楽になったか?」
物理的に制限されているのは変わらないが、重さはそれ程負担ではなくなっている。なので、頭を上げて頷いた。
「ほう。あの書物の記載通りか。だが、魔道具に魔素を補給する記述はなかったな。ふむ。そうすると、お前も普通に環境からの自然補給以外は、食物による経口摂取になるか。すぐに食えて魔素含有量の多いのが手元にあったかな」
台車の中をごそごそと探しているようだ。
「おう。こいつが良いか。魔木苺の実だ。アイラのおやつにと、今朝取って来たやつだ」
カークがそう言って取り出して見せたのは、取っ手付きの籠に入った木苺、あの赤いラズベリーにそっくりな果実だ。結構な量が入っている。
アイラちゃんのおやつって、ジャムができる量だよ。これ。
謎:どうも、あれでは、あの心の傷は癒えておらんようじゃな。
後は、時間をかけるしかなかろうて。
だが、何だかんだで、あれを自然に使いこなしておる。さすがじゃの。
あいつが見込んだのも頷けるわい。
ミ:師匠。探しましたよ。また、こちらにいらしたのですか。
今の案件は私たちだけではどうしょうもないです。
早くいらして下さい。お願いします。
謎:余り時が、もっとあればよいのじゃがの。よっこらせ、と。




