2-08 頼るもの
心が弱った時には。
……ん。音を感じて、扉の方を振り向く。
がらごろと、何やら重いものが車輪で移動するような音がした。
音が止んで、扉が静かに開く。
そっと扉から顔を覗かせたカークは、こちらの姿を認めると、破顔する。
本当に嬉しそうだ。
「おう。居たか。そうか、そうか。俺を騙す仮病では、なかったのだな」
彼は、手に持つ短杖を軽快に振り、他方の手でとんとんと受けている。そして、笑顔はそのままに、いたずらっ子のような顔に変わる。
いたずらっ子といっても、その表情は可愛らしいものではない。
巨大で厳つい体躯。そして、似つかわしくないとはいっても、魔法使いらしい一風変わった装飾がある黒色系の長いマントを羽織る。気味の悪い生き物の頭を模った短杖と相まって、おもっきり悪い魔法使い然とした雰囲気を醸し出している。
「もし俺を騙して逃げていたなら、そうだな。とっ捕まえたあと、永久的な完全他動術を施したな。くそ面白くない状態だ。生きながらのゴーレムだからよ。俺はそんなもん、見たくない」
彼は、にいと不気味に笑う。
「ああ、そうだな。その時は素材採取が良かったか。お前の生体組織は大変珍しいから、引く手数多だったろうな」
うー。何か、さらりと恐ろしいことを言っているよ。心細いところに、追い打ちをかけられて、気が遠くなりそう。
ふとカークは、こちらを見て、バツの悪そうな表情をした。我に返ったらしい。
「ん。そうか。お前は妙に、言葉の内容が解っちまうやつだったな」
そう言い終わると、打って変わって、ふわりと柔和な笑みを浮かべる。
「お前は、ここに留まることを選んだ。これは俺を信頼してのことだろ? 俺は、信頼を寄せて来る魔動物を大切にしている。これは、魔動物召喚魔術師としての信義だ。そう怯えるでない。安心せい」
彼はそう言いながら、こちらを気遣うような素振りをして、近づいて来た。
「顔色が悪いな。ちと怖がり過ぎだぞ。うむ。“魂消え”の後遺症で、恐怖の閾値が下がっているのか。なら、良いのがあるぞ」
彼は扉の方へ戻っていく。開けっ放しの扉の奥に、台車のようなものが見えた。そこで何かを探しているようだ。
しばらくして、綺麗な緑色の小瓶を持って来た。
「お前の鱗は地色だろ。なら、水と森が好きな質だろうから、こいつで湯浴みをするといいぞ」
え。湯浴み?
彼は、そのまま通り過ぎ、奥の壁の角まで行った。そして、壁から露出している端子を短杖で軽く突く。すると、窪みがある構造物と盆のようなものがそれを囲むようにして、壁からするりと突き出て来た。
その浴槽のような構造物に、粒の揃った緑や黄、赤系統の色とりどりの丸い小石のようなものが、ぎっしりと埋まっていた。それらの石は磨いたように、きらきらと輝いている。
「すごいだろ。これはな、時代は判らんが、かなり昔からあってな。大型魔獣の水飲み場に使用していた。これの元の用途は湯船だと伝わる。だが、古い魔道具は解らん構造も多くてな」
彼は、その小石のようなものが埋め込まれた構造物の縁を擦りながら言う。
「この、いたずらに魔鉱石を散りばめているのもそうだ。おまけに、これらの魔鉱石の魔素強度量は微弱で使い物にならん。用途も分からんのに、こんな多量の魔鉱石を入れ替えるのはばかげている。で、単なる飾りでいいだろと放置してある」
カークは懐から、透明な赤色の小石のような物を2つ取り出す。この浴槽に多量に埋まっている小石と同じような質感をしていた。
その浴槽の縁に、獅子頭をデフォルメしたような、緑色の怪物じみた彫像がある。あの彫像は翡翠なのかな。博物館で見たような、綺麗な緑色の石だ。
その彫像の眼に当たる所に、その小石が入るくらいの小さな窪みがあった。
彼は、取り出した2つの赤色の小石を、その彫像の目に当たる窪みに差し込み、その横にある端子に短杖で軽く突く。すると、ごぼごぼという音と共に、その彫像の口から、湯気が立った水が溢れ出て来た。あれよあれよという間に浴槽に湯が埋まっていく。
最後の仕上げとばかりに、彼は浴槽へ緑色の小瓶の中身を振った。森林の香りがふわりと漂う。小瓶の中身は、入浴剤だったようだ。リラックス出来そうな、なかなか良い香りだ。
「ほれ。準備ができたぞ。これを使って入ると良い」
受け取ったのは、日本手ぬぐいのような白い布だった。状況からすると、脱衣をして必要ならこれで隠せ、ということらしい。
そりゃ、風呂だもんね。それに、こちらは彼に頼ることにしたのだ。なので、カークを見て「チ」と短く鳴く。
服を脱ぐ。すると当然、両手首と腰に填った黒い帯とそれを繋ぐ鎖が露わになる。保定魔道具だ。これは見なければ、その存在を忘れてしまう程、気にはならない。だけど見てしまうと、どうも物々しい。ん。今なら、外してもらえるか?
期待を込めて、カークを見る。
カークは、こちらの視線に気づくと、すまなさそうな顔つきになる。
「そういう目で見つめられると辛いが、すまんな。お前が俺を信頼してくれているのは判ったが、何分選定前なのでな。その意味でも解除してやれん。それと面倒なことに、そいつは被登録魔動物の身体と一体化をするようでな。この仕組みの解除方法は分からん。少なくとも当分の間は慣れてもらうしかない」
え。それじゃあ、明日生き残って従魔候補とかになっても、この恰好のまま?
……なかなか、上手い具合にいかないものだね。
今、こちらは日本人特有の、あいまいな笑みを浮かべていると思う。
そういうことらしい。




