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2-07 自分の中の何か

騒がしい後の静かさ。

 朝の喧騒の後。


 部屋の中央にある藁山の上。


 この殺風景な部屋が、余計にがらんとしている。例のクリーム色の毛布を敷いて寝転がり、くつろぎながら窓の模様を眺めている。


 穏やかな光が差している。外は晴れているようだ。光の加減だろうか、窓に描かれている生き物の模様が、雄々しく天翔あまかけるように見えた。


 いいね。空を自由に飛べたら、どんなに気持ちがいいだろう。


 こちらは声が鳥みたいなだけで、翼がある訳ではない。でも、何か飛べそうな気がする。この身体が空を飛ぶことを覚えている、というのかな。


 そのためには、両手を頭の上に挙げる必要がありそうだ。何かに変化をするために。何に変化をするのかは、判らない。


 両手を頭上に挙げるか。ん。あ。うー。これじゃあ、ためせない。


 両手首に填まる黒い帯とそれに繋がる鎖。今ほど、これが恨めしいと思ったことはないだろう。


 はあー。仕方がないか。


 ぼぅと、窓を見上げる。うん。やっぱり、未練がある。


 ふと、自分の中の何かが、ささやく。


<扉の鍵が開いている。逃げる絶好の機会じゃないか>


 え。あ。うん。それは知っているよ。だけど、逃げるってどこへ?


 こちらは、ここの地理を全く知らない。だから、ここを逃げ切ったとしても、よほどの幸運がない限り、野垂れ死ぬのが関の山だと思うよ。


 それ以前に、こちらの両手には、保定魔道具とかいう鎖付きの帯が填っている。この状態では、とてもじゃないけど、逃げ切れない。


 言っちゃえば、こちらは無力だからね。何もできない。外に出るのは、ただ危険があるだけだよ。


<ここは夢の中なのだろう? どうにでもなるのではないか>


 それは、そう思いたい。だけど、この夢は、どうにでもならないようなのだよ。全く覚めない夢の中。それも、とても意地悪な夢。


 それに、これは夢ではないという思いも、出始めている。これが現実だとしたら、安全を確保するためには、かなり厳しく考えないと。


<死は怖くないのか>


 怖いよ。とても。夢の中でさえ、死は避けたいと思うくらい。


<明日、死ぬかもしれないぞ>


 そうだね。それでも、ここで、出て行くよりは、生き残れる可能性が高いと思っているよ。


<なぜ、そう思うのか>


 カークという人物を、信頼して良いと思うから。


 最初は、怖かったよ。こちらを見たとたんに、この鎖とかに変化する帯で捕縛をした。そして、あの鬼気迫る殺気が放たれた時は、本気で殺されると思ったよ。


 だけど、今は良い関係になっているじゃない? さっきの件で特にね。あの時、カークが助けてくれなければ、終わっていたかもしれない。


<では、自由を望まないのか>


 自由。いい響きの言葉だね。望むかと問うのだったら、望むと答えるよ。


 うん。この場合の自由とは、社会的自由を指すよね。


 そう。こちらは生き残るために、社会的自由を手放す。あまんじて、従魔となり、従属を受け入れるよ。


 こちらには、自由を得るために、死ぬという選択肢は考えられない。そんな高邁こうまい理念りねんなんてないからね。


<覚悟は決まったという理解でいいか>


 覚悟ね。うん。決まったよ。だけど、これで不安がない訳ではない。


 実際、ここは夢の中だと、自らに言い聞かせてはいる。だけど、今は、これは現実だという思いが、かなり強い。そして、これが現実だったら、相当大変なことになるだろう。だから、相応そうおうの覚悟をしないといけない。


 命あっての物種ものだね。これが現実だとしても、生きてさえいれば、その内、元に戻れると信じている。ここで死んではだめだ。終わってしまう。


 ……それにしても、妙な問いかけだ。まるで、理解を共有していない他人のようだよ。こんな形式の脳内問答って、いままでやったことがないじゃないかな。思考の整理ができるから、いいけどね。


 うーん。だけど、気になる。えい。聞いてみよう。……誰?


<誰って、ボクは君だよ>


 え。あ。返答が来た。混乱する。第一こちらは、“ボク”なんて表現は使わない。加えて、相手を指す“君”とか言っている。どういう事?


<まあ、もう一人の君ということ。ボクも最近覚醒してね。安定してない>


<詳細はまだ秘密だ>


<うん。まだ知らないほうがいいと思うよ>


<注意。警戒ライン>


 背中に冷たいものが走った。足元が震える。


 う。こちらの精神が壊れた? いやいや。そうじゃないと思いたい。


 こちらはメンタルタフなのだ。これで壊れてたまるか。


 うん。これは夢なのだよ、夢の中。変てこな夢の中なのだよ。さあ。落ち着け。落ち着くのだ、自分。


 そのように自分に言い聞かせても、嫌な感じが抜けないでいる。足元が、未だにがたがたと震えて落ち着かない。


 うー。早く目が覚めて! 元の世界に戻りたいよ!


 ……誰か、助けて。


 その心の叫びと願いは、むなしいだけだった。


 ただ、幸いなことに、あの囁きは、あれから沈黙をしている。


 穏やかな日差しが入る、明るい室内だと言うのに、何という怪談話。


 毛布を全身に包んで震えていた。


 一人でいることが、こんなに心細いことだなんて、思ってもみなかった。



明るい場所でも、ね。


謎:見ん内に、大変なことになっておるぞ。

  あいつは、どこをほっつき歩いておるのじゃ。

ミ:師匠、また頭がヒヒに。

謎:そんなこと、どうでもよいわい。ミクトラン。

ミ:それ、私の管轄している場所です。

謎:それこそ、どうでもよいわ。

  地名の名なぞ腐るほどあろうて。わしにもあるぞ。

ミ:彼を助けなくて、よろしいのでしょうか。

謎:それはできん。触ってはならん。

  それで困るのは、あいつじゃ。

  む。長居してしもうたな。余り時が少のうなっておる。

  戻ろうかの。することが多すぎて、いかんわい。


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