2-06 仕切り直しと米の味
あれ。何か変?
追記:異世界食レポがあります。サブタイトルを追加変更しました。
「さ。食うぞ。ん。どうした、お前? 目の焦点が合ってないぞ」
ん。あ。どうしたかって? 心の奥底の方から“歓喜”がふつふつと沸いて来て、ふわふわとしているよ。これは、とても楽しいし、気持ちがいいね。
「む。あの作法の作用だと? まさか、な。あれも“力ある言の葉”だが、今まで何も起こらんかったぞ」
え。あ。そうなの。でも、いいじゃない。楽しいよ?
あ。あれ。頭の中が、白く塗り潰されていく感覚がある。自分のいる場所が、白く侵食されて、だんだんと狭くなっていくよ。ぐ。うあ。追い詰められる。これじゃ……消えちゃうよ。
自分の中の何かが、心の中で叫ぶ。
<警報! 危険ライン>
この心の叫びに呼応するかように、カークが、すくっと立ち上がり、短杖の頭をこちらに向けて怒鳴った。
【‘喝―っ!!’】
その恐ろしくも力強いカークの怒声で、こちらの身体が、びりりと震えた。同時に、こちらの意識が鮮明になる。
ぶるると頭を振る。頬を軽く叩く。うん。大丈夫だと思いたい。
<良かった。自我がやられたら、何も無くなるじゃないか>
え? 心の中で何を言っているのか、理解できない自分って、何?
んー。先程まで、変な状態だったからかな。
ふと、カークの方を見ると、彼は仁王立ちになって、ぜいぜいと息を切らしていた。全身から汗が噴いている。いくらか顔色も悪いようだ。
アイラちゃんが、心配そうにカークを見ている。
「……たく。戻ったからいいようなもんだがな。何“魂消え”になってやがるんだよ。そんなもんがいる場所じゃないだろ。それ以前に、そんなもんで壊れる軟なタマじゃないだろ、‘リディクラム ヴェトゥス ラケルタ’?」
彼は、吐き捨てるように言うと、少々ふらついた足取りで座り直す。
「ふん。ま。食おう。旨いもんを食って、仕切り直しといこうじゃないか」
色々とあったが、カークが米の蒸し物を椀に盛ってから、それ程時間が経っていないようだ。椀の中に盛られた米飯が、ほかほかと湯気を立ち上げていた。
そうだね。朝飯は、ちゃんと食べないとね。
んと、手を合わせてっと。これは、こちらの単なる習慣だ。こう、日本的な食べ物だったら、特にね。逆に、これをしないと気持ちが悪い。
次に、吸い物の椀を手に取り箸を取った。米飯を先にすると、箸に米が付くから、汁ものが先とかを聞いた。
椀の汁を、一口含む。うん。味も見た目通りだ。出汁は和風で、昆布だしに似ているかな。続いて、箸で具を寄せて食べてみる。
これは、蕨に近い? シダ植物に似た葉が3方にくるっと巻かれている。だけど、これは蕨とは違う。その丸まった葉には、水生植物の蓴菜のように、ふるっとしたゼリーのようなもので包まれていた。
歯を当てて齧ると、くにゅっとした弾力のある歯ごたえが面白い。そして、山菜特有のえぐみも全くない。むしろ、土の風味を伴った独特な良い香りが仄かに感じた。これはこれで旨い。だけど、これを野趣溢れる山菜だと想像して食べたから、この味は上品過ぎて、少し物足りない。
さて、メインの米の蒸し物だ。まずは、これだけで食べてみよう。
うーん。いい香り。これは、いつも見知っている、ジャポニカ種と同じ香りがする。味の方はどうだろう。
椀を手に取り、一口分を箸に取って口に含む。お。旨い。
口に含むと同時に、程よい粘り気があるそれは、舌の上でふわっと解ける。そして、優しい甘味を抱いた米特有の香りが鼻腔に届く。そして、噛めば噛む程、その優しい香りと糖の甘さが口腔内に膨らむ。これは旨い。
いいね。ふーっと鼻で息を吐き、その香りの余韻を味わった。
だけどこれも、よく知っている米飯とは異なっていた。ごく微かだけど、その後味に、爽やかさを伴う独特な旨味がある。
これも、旨いと感じる。いや、これが旨い。これがもっと強ければ、もっと旨いだろうと思う。そうなると、米飯の味ではなくなってしまいそうだけど。
ん。次は魚にいってみようか。イワナだよね、これ。干した開きの焼き物だし、皮が裏になっているので、よく分からない。
カークが取り分けていた時、あの特徴的な斑点を見たような気がしたから、イワナだと思っている。んー。何でもいいけどね。
これは、醤油があると嬉しいのだけど。カークの膳を見る。そこにも醤油はない。カークはとても慣れた手つきで箸を使って食べている。顔付きは西洋人みたいなのに、こちらより、箸使いが断然上手いようだ。何だか悔しい。
アイラちゃんは……。ありゃりゃ。匙を使おうとしているけど、ちっちゃい子みたいな、ぎこちない動作だ。結局、ほとんど素手。可愛く食べているけどね。たぶん、あの洗浄魔道具はアイラちゃんのために持って来たのだろう。
醤油をあきらめて、魚の身をほぐし、口に運ぶ。淡泊な白身魚だ。ひと塩が振ってある干物で、味わいが深い。油がじわりと滲んでくるところが特に旨い。とても米飯に合う。
チーズの燻製だと思ったものは、湯葉のようなものを、くるくる巻いて、ぎゅっと固めたものだった。茶色いのは、苦味と甘味があるカラメルソースのような味だった。これは、デザートなのかもしれない。
ナッツと菜花は、想像どおりの春の味覚で、こちらの好きな味だ。ほんと醤油が欲しい。これに、ほんの少しだけ垂らせば、絶品なのに。惜しい。
それから、魔塩。これはすごい。米飯に凄く合う。でも、見た目は金平糖を米飯に振りかけている感じなので、違和感がありまくりだ。
米飯に魔塩を振りかけていた時、カークが、お前にはそのままでも旨いと感じるはずだと言うので、実際に一つ口に含んでみた。旨さは感じるけど、そのままでは、しょっぱいよ。ほぼ塩そのものだ。
食事中にカークがこちらに言葉をかけて来たのは、この魔塩の件くらい。彼は、何でもないような素振りをしていた。だけど、その表情は硬く、かなり疲れているようだった。
一通り食べ終わり、片付けを手伝った。とはいっても、素焼きの食器をワゴンまで運んだだけだけど。
何故手伝うって? 何となく、手伝ったほうがいいかなと思っただけだよ。やって悪い訳でもないだろうし。こちらは皿を割るようなドジはしない。
カークは、また来るからなと言い残して、アイラちゃんと一緒に出ていった。
扉は閉めていったが、鍵の音はしなかった。
あれ?




