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2-05 米と土器

この米は、少し異なります。

 今、この部屋は、にぎやかだ。


 カークと、ワゴンを運んできた、アイラが居る。


 そして、筋骨隆々としているカークが、細々とした朝飯の配膳をしている。


 この状況も変だけど、何か変だ。


 単純に土を焼いただけのような、素焼きのオンパレード。


 石の床に、存在を誇示するかように、素焼きの円錐形をした深鉢が、どでんと木の台に安置されている。そして、目の前にある素焼きの台の膳。加えて、料理が盛られている皿も素焼きだ。


 それにしても、この深鉢は存在感がある。大きさもることながら、この深鉢に刻まれた異様な図柄は、前衛的ともいえる。


 その深鉢の開口部は、バナナの葉のような大きな葉で蓋がされている。長時間蒸されていたからだろう、その葉は茶色くなって、しなしなにしおれていた。


 カークは、一抱えほどもある、その葉で出来た蓋を開ける。


 もわっと、湯気が立ち上がった。同時に、日本人にはたまらない、あの独特な米が炊けた香りが鼻腔をくすぐる。


「おう。旨そうな良い香りだろ? これは人魔共通だと俺は思うぞ。ま。硫黄系が苦手なやつには、ダメな匂いらしいがな」


 彼は、その深鉢の蒸した中身を、長い木のヘラのようなもので奥まで入れ、ざっくりと上下を入れ替えるように混ぜた。カークは軽々とやってのけているが、これは結構、力のいる仕事だと思う。


「この米はな、徒歩でしか入れない南の森の奥地で、相手さんと物々交換せんと手に入らん。なかなかの貴重品だが、そう保存が利くものでもないのでな」


 カークは、木のへらを器用に操作しながら、とても楽しそうに語る。


「昨日の朝、うちの若いもんが調査から戻って、手に入ってな。早速、調理をしてみた。俺は、調剤用魔道具の大鍋をもちいた。だが現地では、一回り大きなかめに水を張り、その中に、このような土器を入れて熾火おきびの中に埋めると聞く」


 ふわりと炊き上がった米を、素焼きの椀に取り分けていく。


「分類の定義上、米は魔植物ではない。だが、魔糠まぬかといって、果皮かひから種皮層しゅひそうに、魔素をため込む性質を持っていてな。人間の舌でも、魔素は少量なら、むしろ良い風味付けになる。だが、多量だと、恐ろしく不味まずいもんになる」


 ふーん。食べ物に魔素があり過ぎると不味く感じるのか。でも、こちらは、出された食べ物で不味いものは、なかったね。


「一方で、相手さんはその魔糠の魔素目当てで米を栽培しているとのことだ。この旨い胚乳部分は、相手さんにとって、それ程重要ではない。それで、物々交換の交渉が成立するって言う訳よ」


 ほかほかのご飯が、台の上に置かれていく。ふんわりと炊きあがった、つやのある米が湯気をたてている。旨そうだ。


「例えば、この魔塩ましおを交換物資にしたら、相手さんは、さぞ喜ぶだろな。向こうには、魔塩はない。ま。当方としても、そう取れるものじゃないから、それなりに貴重品にはなるけどよ」


 へー。物々交換しているの? 貨幣経済じゃないのか。ここ。


「ふん。何を勘違いしている? 相手さんが貨幣に興味を示さんから、物々交換しか出来んのだ。当方としても、貨幣経済の概念が通用する程の信頼関係が、相手さんと築けられるなら、そんな面倒なことはせん。‘古のトカゲ’よ」


 あれ。考えを読まれた?


「そもそも、相手さんに、相応の知性や知能があるとはいえ、魔動物と交易する方がどうかしているかもしれんな。だが、双方にメリットがあるのだ、無理に接収して無駄な争いをすることも、なかろう? な、そうだろ……」


 カークは、そう言いかけて、途端に気まずい顔をした。


「……む。ま。お前を無理やり召喚した、この口が言うのも、何だがな」


 彼はそう言って、ワゴンのほうに向かい、がさごそとワゴンの中から長方形の箱を取り出した。その箱から出て来たものは、細長い木の棒だった。


 箸?


「おう。そうだ。数があるから、お前もこれで食ってみるか? 使い方が分からんかったら、膳に置いたさじなり素手なりで食えば良い。ほれ。汚れたら、この洗浄魔道具で手を洗え」


 箸だと思う木の棒2本と共に出された、洗浄魔道具と言われたものを見ると、小ぶりな灰色の楕円柱の物体だった。


 よく見ると、長い方の側面の中央より少し上の方に、丁度両手が入る穴があった。早速近くに寄り、中に手を入れてみた。


 すると、中から暖かい水蒸気がぶわっと噴射したかと思うと、少し熱めの温風が吹いて来た。驚いて手を外に出したら、その手は、すでに乾いていた。


 洗えているのかな、これ。汚れが取れたかどうかは、よく分からない。


「ははは。お前、好奇心旺盛だな。よい傾向だ。それも無駄ではない。これで見えない汚れが取れただろ。そうだな。アイラ、お前もやっとけ」


 カークがその魔道具を指してアイラに言う。アイラはカークを見て、こちらを見てから、その洗浄魔道具の傍に寄る。


 彼女は、ちょっと困ったちゃんの顔つきになって首を傾げていた。透き通った黄緑色の虹彩がうるうるとしている。


 うん。可愛い。その仕草にきゅんとした。人気のマスコットガールっていうのも納得。アイラちゃんだね。


 ん。あ。そうか。こちらが占有してふさいでいた。ごめんよ。


 彼女が使えるように場所を退いたら、同じようにして中に手を入れていた。


「用意はこれでよしと。じゃ、食う前に相手さん風の作法をやるか」


 カークはそう言って、空いた素焼きの台の前に座る。にわかに厳かな顔になって中央に置かれた深鉢に向かい、柏手のようにぱんぱんと手を打ち鳴らした。そして、抑揚がない、平らな言葉を発した。


「‘さきとあとにまわるつなぐものはさるものすべてにかんしゃをささぐ’」


 その直後、深鉢から湯気とはまた別の、何かほわっとしたものが出て来て、こちらの胸に吸い込まれていった。


 何だか、すごく気持ちが良い。ぼぅとする。



どうしたのでしょう。

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