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1-12 夜が来て

 その日の夜。


 あの騒動の後、満足そうな顔をして出ていったカークが、再び顔を出した。


 お前は見かけによらず軟だからこれが必要だろと、クリーム色の毛布のような物をこちらに寄こした。


 藁山の藁が、皮膚を刺激していたので、ありがたく受けとった。


 今は、藁山の上で毛布に包って座っている。この毛布は柔らかくて滑らかで、とても肌触りが良い。いいね。これは癒される。


 あれ。よく見ると、毛の1本1本に複雑な風合いがある。この毛布は、本物の動物の毛で出来ているようだ。へえ。凄い。本物の毛織物で、このクオリティなら、かなりの高級品だよ。


 東京の家にある布団の毛布は、スーパーなどで安売りをしている一般的な化繊製品だ。一応その毛布も、肌触りを重視して購入した。だけど、この毛布の感触はまるで違う。お持ち帰り出来たら、どんなにいいだろうと思う。


 あ。そうか。ここは夢の中。だから理想の毛布が出るのか。なーんだ。


 んー。う、ぐ。いや、その伸びはしないぞ。


 手首が頭の上を少し越えると、散々な目に遭うことは、身をもって学習した。


 それでも、伸びはしたい。


 なので、背中を反らして両肩を寄せ、手足を下にぐーっと伸ばしてみる。


 ……何も起きないな。うん。いいね。


 あー。これで、すっきりした。


 夢の中でも、なぜか身体が凝るようなのでね。


 そのまま、後ろに倒れて仰向けになる。乾燥した藁がばさりと鳴る。


 ふーん。


 改めて上を見れば、天井はドーム形をしていた。石を組み込んでアーチにしているようだ。その高さは、3階分が吹き抜けているのではないかと思う程。とても開放的だ。


 扉を左手にして正面上方に大きな窓があった。その窓にも扉と同じく、混合された鳥獣をモチーフとした透かし模様が彫られていた。その模様の隙間から星のきらめきが垣間見えるのは、幻想的でロマンチックな眺めだ。


 星か。遙か彼方の宇宙が見えているのかな。


 そういえば、小さい頃、宇宙遊泳に憧れていた。今も宇宙遊泳にロマンは感じるが、現実は過酷だという知識はある。夢の世界なら、簡単にできるのではないかと期待をしている自分を見つけてしまった。苦笑いをする。


 しばらく、その窓から見える模様と星との眺めを楽しんだ。この景色は良いものだ。だけど、そのままの姿勢では、また身体が凝るなと思った。


 ぐいと上半身を起こして、視線を元に戻す。


 扉と窓が異様に立派な他は、無機質な石壁と石床。そのだだっ広いだけの殺風景な室内を見回す。


 あ。ちょっとした棚はあるか。


 その棚の上に、例の魔プラムとかが入っている、木の器がある。これらは好きな時に食えとのこと。


 その棚は、扉と丁度向かい合わせの場所にある。ちょっとした棚と言っても、部屋の大きさと比較してで、両手を広げたくらいの長さがある。少なくとも1.5mはあるのではないか。


 ん。この身体では、同じ長さではないか。身体尺は便利だからよく使うが、そんなものだろう。これは自分で納得していれば、それで良い。


 例のトイレは、収納されて石壁の中。扉から丁度対角線上にある奥の壁だ。あの時、こちらの魔素流放出紋で出し入れできるように登録をした。


 魔素流放出紋ね。カークが言っていたことを、思い出してみようか。暇だし。


 うろ覚えで、よく分からないところが多いけどね。


 まずは、魔素について調べる生物物理魔術学という学問があるそうな。


 はじめに、魔素は魔素粒子の略称だとのこと。


 魔素粒子とは、空間を普遍的に飛来している粒子様の力場と理解されている。


 これは、ほとんどの物質を透過する。それなのに、生き物全般、特に魔生物の生体内によく集まる性質を持っているとのこと。


 そして、魔素粒子は生体内で濃縮したり拡散したりする物質的な振る舞いを見せる。だけど、魔素粒子そのものの結晶は知られていないし、物質としての魔素粒子は未だに検出されていない。


 それで、魔素粒子は魔素強度量と言う間接的な量でしか測定できない。


 次に、魔素流とは生体内に流れている魔素粒子のことで、魔素流放出とは魔素流の一部が生体外部に常時放出されている現象を指す。


 生物と魔生物とでは強弱の差があるものの、ほぼ全ての生き物に共通して存在する普遍的な生理現象だとのこと。この魔素流放出が、魔力と呼ばれているものの正体だそうだ。


 さらに、その放出される魔素流の波形には明確な個体差があり、いままで知られているところでは、全く同じものは見つかっていないとのこと。


 この特徴的な魔素流の波形のことを、魔素流放出紋と言うのだとカークが言っていた。


 それじゃあ、魔力紋でも良いのではと思っていたら、魔力紋で良いとか言うやつらがいるが、そいつらは紋様力学に疎い。古くからある魔道具や魔法陣の魔素操作紋様を指す魔力紋と混合してしまうことが解ってないと、半ば怒りなから熱く語っていた。


 さらに、生体魔力紋と言うやつもいるが、これも変な誤解を招くから好まんとか言っていた。


 まあ、こんなところか。思い出したのは良いが、何だか七面倒くさい。


 くるっと言ってしまえば、魔素流放出紋は、指紋のような個人認証ツールになるものだろうと理解した。


 あの時、トイレと同じように洗面台も登録をした。それで、洗面台も自由に壁から出し入れができる。


 その横は、大型魔獣用の水飲み場だそうだ。実物は見ていない。これも壁の中。


 あと、備え付けの照明(?)にも登録をした。


 これは壁石そのものが光る。かなり明るい。光る石の範囲や輝度きどの調節も可能だけど、ちょっと気味が悪い黄緑色だったので、今は消してある。


 目線を近くに移し、ポンチョの端から両腕を出す。手首に填った黒い帯と、その先の腕にある青緑色の鱗模様を眺める。見れば見る程、リアルな鱗模様だ。


 ふっと溜息が出る。


 全く覚めない夢の中で、夜を過ごす、か。思い出してみると、色々あったな。


 そのまま、ここで次の日が過ぎていくのかな……。


 逆バージョンの邯鄲の夢、なんてね。


 うん。なるようにしかならない。


 幸い、この毛布は肌触りが良い。悪いことばかりではないと思おう。


 それに、明日の事は明日案じよ、だね。


 再び上半身を倒して横になり、足で伸びをしてから、毛布を纏い直す。


 次の場面が、家の布団の中であることを祈りながら、寝た。


 とても静かで穏やかな夜が過ぎていった。



夜が更けてしまいました。明日はどうなるのでしょう。


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