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Early Days  作者: Hirotsugu Ko
本編
7/30

第六話

 新入部員たちが入部して、半月が過ぎた日のこと…

「どうした、井出…もっと腰を入れて、打ってみろ!」

「はい!」

 鍋島に叱咤された1年生の井出将人は、バットを強く握りしめた。

「いくぞ!」

 それを確認した彼は、大きく振りかぶってボールを投げた。だが、

「今度こそ…」

 将人の打ったボールは、点々と跳ねてからコロコロと転がり、ピッチャーマウンドにようやく届く程度の距離で、ピタリと止まってしまった。

「打つ気があるのか、この野郎!」

「す、すみません…」

 鍋島にどやされると、彼は慌てて平謝りした。

「ほんと非力な奴だな…」

 将人のバッティングを見ていた晴翔は、思わずため息をついた。

「力が無いだけじゃねえ、空振りも多すぎるぜ。センスがないと言うのか、なんと言うのか」

 優希があきれた顔で話すと、横から玄奘がやってきて、

「しかし、彼の守りは鉄壁だよ…誰よりも早く、ボールに反応して食らいつくし、打球を反らすことなんて、ほとんど無いからな…セカンドには、うってつけの役だと思うぞ」

 反論したが、

「だが、あのお粗末なバッティングじゃ、相手のピッチャーになめられるだけだぜ。毎回、あいつの打席で、流れが切れるだろうしな…レギュラーは、無理だと思うぜ」

「もったいないな…あれだけ、良い守備を見せているのにな」

 晴翔の言葉に、苦い顔をした。

「まあ、今はまだ1年なんだし、そのうち体格が良くなってくれば、変わるんじゃねえのか…とにかく、あの小柄で華奢なのがいけねえ」

「だったら、プロテインを毎日飲ませたらどうだ。そんでもって、ステロイドでドーピングして、筋肉ムキムキにしてよ」

「バカなことを言うな!」

 晴翔と優希の話に、玄奘は思わず怒鳴ると、

「竜岡の言う通り、パワー不足よりもバッティング技術の方が問題なんだ。改善させるのだったら、そっちの方を何とかするべきではないのか」

 そう分析した。

「でもよ…バッティングは、センスが無いとダメだって、よく聞くぜ。こればっかりは、どうしようもねえんじゃないのか?」

 晴翔の話に、玄奘は首を横に振り、

「勝手に、センスの有無を決めつけて、自分の可能性を潰すことは、よくないのではないかな…私は、センスと言うものは、持って生まれたものだけだとは言い切れないと考えている。深く追求し、磨いていくことで、大成していくものだと思っているよ」

 そう話した。すると、

「違いねえな…始めから諦めていたんじゃ、話にならないもんな」

 晴翔は頷き、

「よし…ならば、あいつを特訓してやるぜ!」

「えっ…」

 その言葉に、玄奘は目を丸くした。

「3年になったら、一緒に試合へ出ることになるかも知れねえしな…だったら、今のうちに、戦力になるようにしとかないとな」

 晴翔は、そう言って、フリーバッティングの練習を終えた将人へ歩み寄っていった。

「まったく、君と言う奴は…」

 それを見て玄奘は、小さく笑ったのだった…


 そして、その日の夜…

 野球部の練習が終わった晴翔と将人は、とある空地へと向かった。

「ほんとに、今からやる気かよ…12時回ってしまうぜ?」

「善は急げだ…うだうだ言わずに、ついて来い!」

 その無茶ぶりに、将人は、げんなりしながら、彼について行った。そして、暗い夜道をとぼとぼと歩いていると、目の前に大きな工場が見えてきたのだった。

「よし…この塀を乗り越えれば、例の空地に着くぜ」

 晴翔は、その塀を指差し、

「その塀って…工場の敷地の中じゃないか。まずいぜ…」

「なあに、大丈夫だって…そこは夜になると、めったに人が来ない場所なんだ」

 さっさとよじ登って、向こう側へ行ってしまった。

「まさか、こんなことになるとは…不法侵入で捕まったら、お前のせいだからな」

 そう言うと、将人は腹をくくり、同じようにその塀を乗り越えて、そのだだっ広い空地へたどり着いた。そして、

「むう…確かに、聞いた通りの広い空地だな」

 少しだけ、晴翔を見直したのだった。

「その上、隣が夜間も稼働している工場の建屋だから、そこから漏れる明かりで、結構遠くまで視野が利くときたもんだ。な、言った通りだろ…」

 晴翔が、得意げ話すと、

「だが、練習ができるくらいの明るさかと言うと、果たしてどうだか…」

 将人は、眉間にしわを寄せながら、声を詰まらせた。だが、

「まあ、そう固いことを言うな…それよりも、さっさと始めようぜ」

「へい、へい…わかりました」

 彼のゴリ押しに負け、ため息をつきながら練習の準備を始めたのであった。


「この辺から投げてみるか」

 晴翔は、そう言って立ち止まると、

「おい、ちょっと待てよ。今、どこら辺にいるんだよ。お前…」

 将人の声に、

「さすがに、これだけ離れると相手が見えなくなってしまうか」

「やっぱり、無理だぜ…もう、帰ろうよ」

 少し考えたが、

「いや…目が慣れてくれば、もう少し見えてくるだろうよ。少し待ってみようぜ」

 とりあえず、準備体操から始めることにした。その答えに、

「そんなものかよ…」

 将人は、半ばあきれてしまった。

 そして…

「おお…何となくお前の姿が、見えてきたぞ。そろそろ、いいんじゃねえのか」

「そうかな…俺には、あんまし良く見えないが…」

 どう懸命に目を凝らしても、全く見えてこない状況に、将人は、大きく不安を抱いた。だが、

「じゃあ、投げるぞ!」

 晴翔が、投球姿勢を取ると、

「こうなったら、ヤケだ…」

 ぼんやりと浮き出て見える彼の方を向いて、バットを構えた。

「何もしないで帰ったら、それこそ時間の無駄になるしよ…」

 晴翔が、そう言ってボールを投げると、

「うっ…全く見えない…」

 将人は、彼の放ったボールを必死に目で追おうとした…と、ふいに、闇の中から白球が現れ、

 …ボカッ!

 おでこに、ボールが当たった。

「あいたたたっ!」

 その痛さに、彼は、頭を押さえながら悶絶した。そして、

「わりぃ、わりぃ…手元が狂っちまった…」

「つう…どこへ投げてんだ、お前は…殺す気かよ!」

 怒鳴りながら、おでこをさすったのだった。

「大丈夫だ…今度は、ちゃんと投げるからよ」

「もう止めようぜ…無理だよ、この明るさじゃ!」

 将人が、その場にバットを叩きつけると、

「でもよ…そんなことじゃ、いつまで経っても、バッティングはうまくならないぜ」

 晴翔は、彼をたしなめようとした。

「もう、たくさんだ…バッティングなんか、上手くならなくても別にいいだろ」

「おい、おい…そんな投やりになるなよ」

「大体、俺はお前みたいに、体格に恵まれてないんだから、しょうがないだろ…お前に、俺の気持ちが、わかるのかよ」

「体格のせいにするな。それに、お前だって、そのうちでかくなるって…」

「ふん…それは、どうだか…」

 将人が、いじけながら、そう吐き捨てると、

「とにかく、お前のバッティングは、他のメンバに比べて格段に悪いんだから、技術面だけでも何とかしないと、レギュラーになれないぜ」

「別に、レギュラーになれなくてもいいさ。どうせ、今までだって、試合に出たことないもんな…」

 ついに、晴翔はキレた。

「だったら、何のために野球やってんだ、お前は…半端な気持ちで、野球をするな!」

「半端な気持ちとは、なんだ…俺は、俺なりに自分の持っている力を考えながら、やっているだけじゃないか」

「そりゃあ、どう言う意味だ?」

「体が小さいから…パワーが足りないから、それを考えて、守りだけは得意になろうとがんばっているんじゃないか」

 その言葉に、晴翔は頭をひねった。

「お前…それって、もしかして、守備が上手いってことを、鼻にかけているだけじゃねえのか?」

「えっ…」

 将人は、ふいに言葉を詰まらせた。そして、

「言っておくが、守備がうまいだけじゃ、野球になんねえぞ。一芸に秀でているだけで、満足しているんじゃねえよ。もっと、目標を高く持てよ!」

 大きく項垂れたのだった。

「つまんねえ、プライドなんか捨てちまえ。勝手に自分で作っちまった殻を、ぶち破って、さらなる先を見据えるんだ!」

「こ、虎頭…」

 将人は、思わず天を仰いだ。さらに、

「そうだな…確かに、俺はバッティング練習になると、何も考えず、ただめんどくさそうにやっていたよ」

 小さく笑うと、

「お前の言う通り、自分の守りの良さに…それだけで、自分に酔っていただけのかもしれないぜ。ほんとは、それだけが上手くなっても、他の要素が揃わないと何にもならないのにな」

「井出…」

 真摯な目で、彼を見つめたのだった。

「俺も、まだまだ甘ちゃんだったよ…これからは、もっと高い目標を掲げてやってかないと、成長がそこで止まっちまうってもんだな」

 将人は、大きく背伸びして、

「帰ったら、素振りを1000回やってから寝るよ。これからずっとな…」

 彼に向かって、親指を立てると、

「ふっ…どうやら、明日からは、こんなところで、練習する必要はなさそうだぜ」

 晴翔も親指を立てて、それに応えたのだった。

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