第五話
それから数日が経ったある日のこと…
「もっと声を出せ」
先頭を切って走る鍋島の激に、
「ファイト…ファイト!」
野球部員たちは大きく声を出し、土煙をあげながらランニングをしていると、そこへ下校中の剣崎たちがフェンス越しに彼らの姿を見つけ、
「けっ…やっているぜ。竜岡の奴…」
おもむろに毒づいた。
「ファイト、ファイト…」
「声が小さいぞ…腹から声を出せ、竜岡!」
先輩らに叱咤される優希を見て、
「あんなことやって、何が面白いんだか…」
彼は、ペッとつばを吐き捨てると、
「この前のこともあるしな…このまま乗り込んで、めちゃめちゃにしてやろうか」
仲間たちに目を合わせた。と、その時、目の前から手島と芦田が現れたのだった。
「なんだ、お前ら…お礼参りにでも来たんか?」
手島が、ギロッと剣崎を睨むと、
「けっ…たまたま、ここを通っただけだろうが…いちいち、因縁つけてくるんじゃねえよ」
彼は、そう言い放って逆に睨み返した。すると、
「なあ…だったら、少しだけでも、うちの野球部の練習を立ち見していかないか?」
芦田は、険悪な二人のムードを察して、そう提案した。
「おお、そうだな。少し覗いていくか」
その提案に、手島が賛同すると、
「はあ…何を言ってんだ、お前ら…何で、俺が他校の野球部の練習なんか見ないといけねえんだよ。そんな暇じゃねえしよ」
剣崎は、思わずあきれた顔をした。
「まあ、そう言わず、見て行けよ。大体、お前らが忙しいわけねえだろうが…」
手島が、フェンス越しにグランドの方へと目を向けると、
「物好きなもんだぜ。まあ、昔のよしみで、少しだけ付き合ってやるか」
彼らは、しぶしぶ同じ方に視線をもっていったのであった。
「よし、次は守備練習をするぞ…全員、グラブを持って、そこへ並べ」
鍋島は、ボールとバットを持ち、
「さあ、誰からでもいいぞ」
そう部員たちに言うと、優希がイの一番に名乗り上げたのだった。
「お願いします!」
「威勢がいいな…竜岡…」
鍋島は、やる気に満ちた彼の態度に口角をあげた。そして、掛け声と共にノックを開始したのであった。
「おっとっと…」
その強烈な当たりに、優希が思わずトンネルをすると、
「どんなことがあっても、ボールを逃がすな…体を張ってでも、ボールを止めろ」
彼は、その失態に怒鳴り声をあげた。すると、
「ぎゃははは…何だ、そりゃあ…トンネルしてんじゃねえよ、このヘボ野郎がよう!」
剣崎と仲間たちは、それを見て大爆笑をした。
「さあ、もういっちょう!」
鍋島が、続けてノックをすると、
「よっしゃ!」
優希は、難なく捕球をした。ところが、
「ボールがやって来るまで、つっ立っているな。もっと、前へ出ながら捕球しろ。じゃないと、アウトが取れないぞ」
「す、すみません…」
と、叱咤され、彼は頭をかいた。それを見て、剣崎は、
「くっくっく…内野ゴロで、アウトを取れないってか…笑わせてくれるぜ!」
腹を抱えながら、そう言葉を吐き出したのだった。
「もういっちょうだ…竜岡!」
鍋島は、そう言って、さらにノックをした。すると、
「うおっ!」
優希は、その打球に対して、万歳をして反らしてしまった。
「前へ出ろと言っても、ただ突っ込んで来るだけじゃ、ダメだ…打球のタイミングを見極めながら捕球しろ」
「はい!」
彼が、鍋島に対して、大きく返事をすると、
「おい、おい…何なんだよ、あの守備は…だらしねえな」
剣崎は、大きくあくびをした。それに対して、
「しかし、今日は、やけに怒られているな。奴は…」
「でも、それだけあの主将が、熱を入れて竜岡くんを鍛えようとしているのが、ひしひしと伝わってきますね」
手島と芦田が、そう口にすると、
「おう、おう…熱血青春って奴だね、大いに結構なことだ」
彼は、手で顔を仰ぐジェスチャーをしたのだった。
「いくぞ!」
次の打球がやってくると、
「うっしゃ!」
優希は、うまくキャッチして、すばやく投げ返した。ところが、そのボールは、受ける相手から大きく軌道が反れて、あさっての方向へ行ってしまった。
「相手をよく見てから投げろ…暴投は、敵に進塁を許すきっかけになると、何度も言っているだろうが!」
「面目ねえ…」
鍋島の怒声に、彼は苦笑いをすると、
「こりゃあ、ダメだな…奴は、素質ゼロだぜ」
剣崎たちが、その場を去ろうとして時、ふいに手島が彼らを制した。
「まあ、待てよ…昔の仲間が、がんばっているんじゃねえか…もうちっと、見ていけよ」
「これ以上見ても、暇つぶしにも、何の参考にもなんねえよ。大体、なんでここに居るのか、意味わかんねえし…」
「いいから、黙って見ろ!」
「何なんだよ…まったくよう…」
そして、彼らは、ぶつぶつ文句を言いながらも、もう少し様子を見ることにしたのだった。
そして、優希の守備練習は、さらに続いた。
「はあ、はあ…くそっ…」
彼が、息を切らしながら、ふがいない自分に苛立ったが、
「疲れただろう…このくらいにしとくか」
鍋島の言葉に、首を振った。
「俺なら、まだやれるぜ。主将…」
「気持ちはわかるが、他のみんなも練習をしなければならないんだ。お前一人に、構っているわけにはいかない」
「なら、あと一球だけでいい…お願いします!」
「わかった…あと、一球だけだぞ」
鍋島は、そう言ってバットを構えると、
「全神経を集中させろ…一発で決めるつもりで来い」
そう声を張り上げて、ノックをした。すると、
「おらあ!」
優希は、その打球を見事にキャッチして、きれいに送球した。そして、
「よし…今のは、なかなか良かったぞ。それを忘れるな!」
「はい…ありがとうございました!」
彼に対して、深く礼を言ったのだった。
「OKが出た…さすが、竜岡くんだ」
芦田の言葉に、
「やりゃ、できるじゃねえか…あいつは…」
手島が小さく笑うと、
「けっ…」
剣崎は、そっぽを向いた。
「なあ…何か感じないか」
「何をだ!」
「昔、一緒につるんでいた奴が、必死にがんばっていやがる…あの喧嘩だけしか能の無い奴がだぜ」
「関係ねえよ。奴は奴、俺は俺だぜ…好きにさせれば、いいんだよ」
手島の問いかけに剣崎は、吐き捨てるように言うと、
「今のあいつを見ていると、何だか俺も何かやること見つけて、がんばらにゃなんねえなって気がしてくるぜ」
ふいに彼は、そう呟いたのだった。それを聞いた剣崎は思わず吹き出し、
「お前も何かやろうとしているんかよ?」
聞き返すと、
「ああ…応援部に入ろうかって思っている。これからも、奴らを応援していきたくなったんでな」
その発言に、芦田は両手をあげた。
「いいっスね…それだったら、僕も応援部に入りますよ」
「そうだろ…いっちょう、やってやるか」
そのやりとりに剣崎は、ペッとツバを吐き捨て、
「勝手にやっていろ…バカが…」
仲間たちを連れて、その場を去ろうとしたのだった。
「けっ…どいつもこいつもよう…」
彼は、そう言いかけて、チラリと野球部たちを見ると、優希のもとに晴翔が、駆け寄る光景を目の当たりにしたのであった。
「よう…なかなか熱いじゃねえか、野球少年…」
「うるせえよ…」
晴翔の皮肉に優希は、そう言い返した。そして、
「最後の守備は、結構いい線いっていたぜ…この調子でがんばんなよ」
「てめえ、俺よりも主将に褒められたからと言って、いい気になってんじゃねえよ…このカン違い野郎が!」
彼の発言に、晴翔はカチンとくると、
「なんだと…折角、褒めてやってんのに、何だその態度は!」
優希の頭を脇に抱えて締め上げた。すると、
「上等だぜ、このうぬぼれ屋さんがよう!」
彼は、晴翔の技をするりとほどいて、逆に締め上げたのだった。
「ぐ、ぐわあ…く、苦しい!」
「ほれ、ほれ…おとなしく、ギブアップをしな…」
そのタップに、優希はヘッドロックを解いて彼の肩をポンと叩き、
「わはははは!」
「がはははは!」
笑いながら肩を組み合ったのであった。その光景に、
「ふっ…団体競技ってのは、いいもんだな」
手島は、そうこぼした。
「…」
それに対して剣崎は、無言で目を反らして歩み始めたが、
「俺も何かやること見つけるかな…」
そう口にして、その場を去っていったのであった。




