第四話
それから数日が経ったある日の昼休みのこと…
「また、授業が終わったら練習か…やってられんな」
弁当を食べ終わった優希は、思わずため息をついた。
「朝早くから授業が始まるまで朝練をやって、授業が終わったら夜まで練習のサイクルだからな…しかも、土日もおかまいなしで、練習漬けだし…どっかで、息抜きしたいもんだぜ」
と、机の上で寝ようとした時、クラスメイトの手島健司が声をかけてきた。
「かっかっか…そろそろ、根をあげて来たようだな」
この手島と言う男は、優希と同じ中学校の出身者で、一緒につるんでいた不良仲間であった。ちなみに、この二人はその中学校のワルのツートップであり、校内で知らない者がいないほどである。
「るっせえ…愚痴でも吐かにゃ、野球部は務まらねえんだよ」
「中学時代じゃ、番長やっていたくせに、名折れもいいとこだぜ」
手島は、両手をあげてため息をつくと、
「てめえには、この練習地獄って奴は、一生わかんねえよ」
「だったら、やめちまえよ…野球部なんてよ」
途端に食ってかかってきた優希にガンを飛ばした。
「そう言うわけには、いくかよ…」
「無理するなって…昔みたいに、俺と一緒につるんで遊んでいた方が、はるかに楽しいぜ」
それを聞いた優希は、
「まあ、そうかもしれんな」
無言で頷いたが、
「そうだろ…大体、てめえは野球なんてものをやるガラじゃねえんだからよ。人間には分相応ってもんがあるんだから、そこんとこをよく理解しとかねえとな」
ふいにかっとなり、立ち上がるやいなや手島をぶん殴ったのだった。
「何しやがる!」
彼は、立ち上がって優希の胸倉を掴むと、
「人が一生懸命やっているのに、やる気無くすようなことを言っているんじゃねえよ」
「何だと、このチキン野郎が!」
そう怒鳴って殴り返した。
「てめえ、ぶっ殺してやらあ!」
こうして、優希と手島の殴り合いが始まったのだった。と、その時、彼らの教室の横を通り過ぎようとした玄奘が、血相を変えながら止めに入った。
「おい…やめろ、竜岡!」
彼は、そう言って、二人の拳を両手で受け止めると、
「てめえ、また邪魔する気か」
優希は、目を血走らせて、大きく声を上げた。だが、
「とある高校球児が暴力事件を起こして、その野球部が公式戦の出場停止になった過去の事例を知らんのか」
「うぐ…」
玄奘の言葉に、彼は動きを止めた。そして、
「高校野球の世界は、とても厳格なものだ…自分勝手な振る舞いをして、野球部のみんなに迷惑をかけるな」
拳をだらんと下したのであった。その様子に手島は、
「わははは…それ、みろ…お前には、野球をやる資格はねえんだよ」
大きく高笑いした。すると、玄奘は振り返り、
「ほんとに、すまなかった」
おもむろに頭を下げたのだった。
「だが、彼は、本気でやりたいことを見つけ、それに向かってがんばろうとしているところなんだ。このくらいで、許してやってくれ」
それを見た彼は、気まずそうにポリポリと頭をかくと、
「まあ、心配するな…」
と、切り出し、
「こいつは、昔からのダチだ…こいつの面目がつぶれるような真似はしねえよ」
玄奘を安心させようとした。その様子に、優希は、ぺっとツバを吐き捨てると、
「けったくそ悪いぜ…もう野球なんざ、やっていられるかよ」
そう捨てゼリフを吐いて、さっさと教室を出て行ってしまったのであった…
そして、放課後…
「はあ…竜岡が、そんなことを言って、ばっくれただと?」
部室で練習着に着替えながら、
「ああ…どうやら、勝手に校門を出て、そのまま行方がわからなくなったみたいなんだ。午後の授業にも出てなかったそうだし…」
玄奘から、そう話を聞くと、途端に晴翔はあきれかえった。
「どうせ、こんなことだろうと思ったぜ…やっぱ、無理だったんだよ」
「君まで、そんなことを言うなよ」
彼の発言に、玄奘はムッとしたが、
「わりい…少し言い過ぎたよ。しかし、俺たちはこれから練習しなければならないんだぜ。奴を探すためにサボるわけには、いかねえしよ…」
「しかし…」
「そんなに、心配はいらねえって…ちょっと頭に血が上っているだけだろ…冷めたら、そのうち帰って来るさ。何せ、奴は野球が好きなんだからな」
「…」
不安な気持ちをぐっと抑え、優希の野球への思いを信じようと、懸命に自分へ言い聞かせたのであった。
その頃、優希は、ゲームセンターで格闘ゲームに没頭していた。
「ちっ…また、やられちまったよ。何だよ、このゲームは!」
あえなくゲームオーバーになった彼は、
「最近のゲームは、設定を難しくしすぎなんだよ。このコイン泥棒が!」
思わずそのゲーム機を叩いた。そして、
「ああ…かったりいな…野球もゲームもよ。もっと面白えことはないのかよ」
そう言って背伸びをした時、向こうの方で何人かがたむろして、揉めている光景を目の当たりにし、
「あれは、芦田に、剣崎たちじゃねえか?」
彼は、そう言って、缶コーヒーをグビッと飲み干した。芦田弘樹と剣崎雅史は、中学時代に優希とつるんでいた仲間で、彼と同じ大志高校に入学した芦田は、グループでパシリをやっていた男である。一方、別の高校へ進学した剣崎は、竜岡・手島に続くNo.3的存在で、血の気の多い男だ。
「ちょっと行ってみるか…」
そう言うと、優希はおもむろに立ち上がって、彼らのいる方へ向かった。
「ちょっと遊ぶ金が欲しいんだよ…早く出しな」
剣崎は、同じ高校の不良仲間と共に、芦田を脅すと、
「それが、今日はあんまし持ってなくてさ」
彼は、何とかその場を切り抜けようと笑って誤魔化そうとした。そして、
「うだうだ、言ってんじゃねえよ…パシリの芦田がよう!」
芦田の態度に、彼がそう激高した時、優希がずいっと割って入ってきた。
「おい、何してんだよ。てめえは!」
「おう…誰かと思えば、竜岡じゃねえか。久しぶりだな」
剣崎が、ニヤリと笑って、
「見ての通り、芦田にカンパしてもらおうと思ってな」
そう続けると、ふいに優希はキレて、
「ざけんなよ…芦田は、俺の学校の人間だ。勝手に、カツアゲしてんじゃねえぞ」
メンチを切った。すると、
「ああ…何か、文句があんのか、こらあ!」
「ありあり何だよ、バカヤロー!」
「死にてえのか…てめえ!」
剣崎が、顔をひきつらせて声を荒げた。その態度に、
「上等だぜ!」
中学時代では自分の方が格上だったと言う自負もあったため、ついに優希は拳を振り上げようとした。と、その時、横から芦田が声を上げた。
「ダメだよ、竜岡くん…野球部の君が、こんなところで喧嘩したら、大問題になっちゃうよ」
その言葉に、優希はピタリと止まった。
「はあ…お前、野球部なんかに入ったのかよ?」
剣崎は、そう言うと、大きく高笑いした。
「ぎゃはははは…マジかよ。超うけるっつうの!」
「わ…わりいかよ…」
優希が、ムッとしながら、そう答えると、
「いい話を聞かせてもらったぜ…ならば、てめえは手が出せねえってことだな」
剣崎は、仲間に合図をして彼を囲ませた。そして、
「剣崎…てめえ!」
「ここで、てめえをボコボコにしておきゃ、もはや俺の天下だぜ」
容赦なく、彼を殴りつけたのだった。
「この野郎!」
優希が、怒りのあまり思わず殴り返そうとした時、
「殴ったらダメだ…竜岡くん!」
芦田は、そう叫んで背後から剣崎にしがみついた。だが、
「やめてくれ…剣崎くん!」
「パシリは、すっこんでろ!」
あっさりと彼に振り払われて、振り向きざまに殴り倒されたのであった。
「芦田!」
優希は、そう叫んで彼を助けようとしたが、
「そうは、問屋が卸さないってよ」
剣崎の仲間たちによって、フルボッコにされたのであった。そして、
「げ…げふっ…」
「ぎゃははは…手出しのできねえ竜岡なんざ、目じゃねえっつうの!」
剣崎は、そう言い放って、よろめく優希に止めを刺そうとした。と、その時、背後から何者かが現れて、彼を殴り倒したのだった。
「や、野郎!」
剣崎が、立ち上がろうとした瞬間、
「ずいぶん、派手にやってくれるじゃねえか…剣崎よう!」
「手島くん…」
芦田は、思わず息を飲んだ。
「言っておくが、俺は野球部でも何でもないんでな…手だろうが、足だろうが、何でも出るぜ!」
そう言って、手島が、優希に群がる剣崎の仲間たちを、次から次へと容赦なく殴り倒していくと、
「お…覚えていろ!」
剣崎は、仲間たちを連れて、そそくさと退散していったのだった。
「また、派手にやられたもんだな…竜岡…」
手島が、小さく笑って手を差し伸べると、
「うるせえよ…」
優希は、ぷいっとそっぽを向いた。
「それよりも、こんなところで油を売っていていいのかよ。頭も十分に冷えただろし…そろそろ、戻りな」
それを聞いた彼は、ポリポリと頭をかき、
「しゃあねえな…」
立ち上がると、
「ありがとな。手島…」
小さく笑って見せた。それを見て、
「なあに…礼を言われるほどのことは、してねえよ」
手島も小さく笑ったのだった…




