第三話
…カーン!
そして、打球は、ワンバウンドで藤次の横を通り抜けようとしたのだった。その打球に対して、
「くぬお!」
藤次は、瞬時に反応し、大きく真横へジャンプした。
「抜けろ!」
竜岡は、割れんばかりの声で吠えたが、
…パシッ!
…ザザアー!
残念なことにボールは、彼のグラブに捕らえられた。
「くう…取られたか」
それを見て晴翔は、顔をゆがめながら悔しがった。その顛末に、
「あの藤次の球を打っただと…」
玄奘は、驚きのあまり立ち上がり、
「ははは…ひやっとしたぜ。もう少しで、抜かれるとこだった」
藤次は、土まみれになりながら、苦笑いしたのだった。
「ふっ…」
竜岡は、小さく笑うと、
「まあ、これで両者打ち返すことができなかったから、引き分けってとこか…とりあえず、今日のところはこれで勘弁してやるぜ」
そう言いながら、晴翔に近づこうとした。すると、ふいに玄奘が大きな声をあげ、
「やるな、虎頭…お主、もしかしたら野球の才能があるかもしれんぞ。私たちと共に、野球部に入れよ」
「えっ…」
その突然な勧誘に、晴翔は思わず声を失った。そして、
「そうだな…この分だと、この先もっと伸びると思うぜ。騙されたと思って、やってみろよ」
その場へ駆けつけた藤次が、彼の肩をポンと叩いたのだった。
「俺が、野球を…」
「そうだ…君ならできる」
玄奘は、そう言って、笑顔を見せた。生まれて初めて自分が認められたことに、思わず嬉しくなった晴翔は、
「そうだな、やってみるか…野球を…」
ためらうことなく、OKサインを出した。その答えを聞いて、
「ありがとう…よく決断をしてくれた」
玄奘と、
「がんばろうぜ…俺たちで、志高(大志高校の略)の最強伝説を作るんだ」
藤次は、一斉に歓喜の声をあげたのであった。
「おい、おい…何だよ、この展開は…俺様を蚊帳の外にしやがって」
それを見ていた竜岡は、イラっとし、青筋を立てながら、ズカズカと晴翔たちへと向かっていった。そして、
「ちょっと待てい!」
その和やかなムードを断ち切るかのように、大声をあげて割り込んできたのだった。
「なんだよ、てめえ…勝負は、ドローで終わりだろうが…」
「もう、勝負なんざどうでもいいだろうが!」
晴翔の言葉に、竜岡はタンカを切ると、
「俺も混ぜろよ…」
小声でボソリと言った。すると、
「はあ…もっと大きな声でしゃべれよ」
「じじいか、てめえは…俺にも野球をやらせろって言っているんだろうが、このボケ!」
キレながら喚き散らす彼を見て、晴翔は思わず吹き出しそうになった。
「実はさみしいんだろ、お前…」
「ぶっ殺すぞ…てめえ!」
竜岡は、そう怒鳴り声をあげたが、
「俺は、奴の球をかすりもしなかったからな…だから、もっと野球がうまくなりてえって、本気で思うようになったわけだ」
気を取り直して、そう話すと、
「竜岡…」
晴翔は、そう口にして、思わず口角をあげた。
「俺は決めたぜ…これからは、野球に人生をかけてやる」
それを聞いて、玄奘は雷に打たれたような衝撃を覚えた…
虎頭という名の“虎”と竜岡という名の“龍”が、ここに揃った…今はまだ、未熟な“虎の子”と“龍の子”であり、その身に計り知ることのできない才覚を秘めた者たちだが、この先で成熟し、真の“虎”と“龍”になれば…
運命的なものを肌身に感じた玄奘は、思わず武者震いした。
「拒む理由はない…共に野球をやろうではないか」
「本当か…そいつは、ありがてえ…」
彼の笑顔に、竜岡は、ガラになく照れ笑いした。そして、
「おい、マジメにやれよ…練習がきついからと言って、途中で逃げ出すんじゃねえぞ」
「お前こそな…」
晴翔の指摘に対して、不敵な笑みを見せたのだった。その様子に、
「よし、この機会だ。この4人で、誓いを立てよう」
玄奘は、音頭を取り、
「力を合わせて、甲子園を目指すぞ!」
「おう!」
その誓いに、4人は大きく吠え、大空に向けて力一杯に拳を突き出した。そして、彼らは、春先のまだ冷たい川の中へ飛び込み、大笑いしながらはしゃぎ始めたのだった。こうして、強く結束し合った虎頭晴翔と竜岡優希、宝生院玄奘、烏丸藤次は、大きな志を抱きながら大志高校野球部へ入部したのであった。
翌日…
大志高校野球部で、新入部員の入部式が行われた。ちなみに、この硬式野球部は、あまり華やかな成績を残しておらず、特に甲子園へ出場した経験もない、ごく有り触れたチームであった。部員は、現在で20名が在籍、レギュラーは全員3年生で構成されており、その中の一人である鍋島勲と言う男が、主将兼ピッチャーを務めていた。
「新入生の諸君…よくぞ、我が大志高校野球部へ入部してくれた。私が、主将の鍋島だ」
鍋島は、そう挨拶をした。
「おい、知っているか…あの人は、去年の地区大会で頭にデッドボールを受け、出血しているにもかかわらず、包帯を巻きながら、その試合を投げ抜いた凄いピッチャーなんだ」
「へえ…マジかよ」
藤次と晴翔が、ヒソヒソ話をしているのを見た鍋島は、
「おい、そこ…人が話をしている時は、口を慎まんか!」
鋭く、一喝した。すると、
「はい…すみません」
注意を受けた晴翔たちは、ピンと背筋を伸ばしたのだった。それを確認すると、彼は軽く咳払いし、
「みんなも知っていることだが、野球は個人プレーでなくチームプレーで行う競技だ。ゆえに、仲間と密に連携し、協力し合わないと成り立たないスポーツである。一人一人が勝手に動くのではなく、仲間を思い、考えながらプレーをしていかなければ、本当に強いチームにはならない…そして、皆が本当の意味で一つとなった時に、無理だと思えたことが可能となり、奇跡を起こすことになるのだ」
チームワークの大切さを大いに説いた。一人では解決できないどんな困難でも、みんなで力を合わせることでそれを克服できることを…そして、そのすばらしさを後輩たちに熱く語ったのだった。
「そして、個人においては、単に野球の技術だけでなく、基礎となるパワーや体力、揺るがない強い闘志と道を極め抜く向上心など、心技体のすべてが揃わなければ、一流のプレイヤーにはなれないと、私はそう感じている。野球は、決して容易いものではないが、途中でくじけることなくがんばれよ。君たちの若さあふれるガッツで、この野球部をさらに盛り立ててくれ…以上だ」
挨拶が終わるやいなや、野球部一同から拍手の嵐がわき起こり、
「やっぱ、言うことが違うな…何だか、どーんと心に響いたぜ」
彼に対して、晴翔は、自然にお辞儀していたのであった…
そして、野球部の練習は始まった。
「まず体力作りだ。毎週土日の練習試合や夏の大会に耐えうる体力がなけらば、話にならん…徹底して、その体を鍛え抜け」
鍋島は、そう号令を出すと先頭をきって駆け出し、他の先輩たちも彼を追って走り出すと、新入生たちもそれに習い、チラホラと続いていった。
「そんなに、たいして早いペースじゃないな」
優希が余裕をぶっこいた瞬間、
「よし…そろそろ、ピッチをあげるぞ」
ふいに鍋島の激がとんだ。すると、途端に先輩たちは速度を速め、ほぼ全力疾走に近い状態で駆け始めたのだった。
「な、なっ?」
「くっ…すげえ、スピードだ」
そして、みるみるうちに、新入生たちは置いてけぼりにされたのであった。
「どうした、1年…もっと食らいついて来い」
ついに周回遅れにされてしまった晴翔たちへ、鍋島らが叱咤すると、
「そ、そんなこと言われても…」
彼らは、ヨタヨタと息を切らしながら、そう漏らした。こうして、そのハイペースなランニングは、延々と続けられたのであった。
「ぜえ、ぜえ…はあ、はあ…」
先輩たちより随分遅れてから到着した新入生たちは、一斉にグランドへ倒れこんだが、
「まだ、走っただけだぞ。とっとと、起きねえか」
「す、すいません」
鍋島の怒号に、よろめきながら立ち上がった。そして、
「次は筋力トレーニングだ…スポーツの基本は、丈夫な体だ」
過酷な筋トレが、始まった。
「き、九十一、九十二…」
晴翔たちは、歯を食いしばりながら、腕立て伏せをこなしていると、
「もう少しで、百だぞ…気を抜くな!」
鍋島は、涼やかな顔で、声掛けをしながらこなしていたのだった。
「体育会系はハードだと聞いていたが、ここまでとは…」
そして、筋トレが終わると、技術面の練習へと移っていき、彼らの練習は夜の10時を過ぎて、ようやく終了したのであった…




