第二話
そして、放課後となり、晴翔たちは近くの河原に集合した…
「覚悟はいいな…」
竜岡は上から目線で、そう言い放つと、
「へい、へい…能書きはいいから、さっさと始めようぜ」
晴翔は、ため息をつきながら、そう返した。
「決着の方法は、藤次が投げる球をどれだけ君たちが打ち返したかで決めることにする。彼のピッチングの捕球は、この私がやろう。尚、各自に与えられた球は10球だ」
「と、言うことは、俺は合計で20球投げればいいわけだな」
玄奘の話を聞いて藤次は、小さく笑った。
「じゃあ、俺様から行くぜ」
竜岡が、そう言ってバットを手に取ると、
「どうぞ、お好きに」
晴翔は、首をコキコキと鳴らせながら、そっけなく答えた。そして、
「ふっ…実は俺、結構バッティングセンターとか行ったりしていてな…自分で言うのもなんだが、自信はかなりあるんだぜ」
竜岡が、バットを構えてニヤリと笑うと、
「舐めやがって…バッティングセンターの球と俺のピッチングを一緒にするんじゃねえよ」
その発言に、藤次の目は次第に鋭くなり、
「藤次は、今日と言う日までピッチャーを背負って生きてきた男だ。野球を知らない素人じゃ、到底歯が立たないだろうな」
玄奘は、不敵な笑みを浮かべたのだった。
「ごちゃごちゃとごたくを並べてないで、さっさと投げろや」
「言われなくても、投げてやるぜ」
いきり立つ竜岡をよそに、藤次は大きく振りかぶった。そして、
「触れるものなら、触ってみろ」
力いっぱいに大きく腕を振り抜いた。すると、彼の放った球は、まるで弾丸のように鋭く唸り声をあげながら、竜岡を襲ったのだった。
「うおっ!」
そのピッチングに対して、彼はバットを動かすこともできずに、ただ茫然と見送ってしまうと、
「どうした…ど真ん中の絶好球だぞ」
「お、おのれ…」
玄奘の言葉に、次第に顔を紅潮させたのであった。
「す、すごい…こりゃ、並みのピッチャーじゃないぜ」
晴翔が、藤次の投球を見て、思わず息を飲んでいると、
「さあ、どんどんいくぜ」
彼は、間髪をいれずに第二球目を投げ、
「くぬうおう!」
竜岡は大きく振り遅れて、ついにズッコケてしまった。
「無様なもんだ…しかし、その姿がお前にはお似合いだけどな」
「何だと、こらあ…この生臭坊主が!」
玄奘の嫌味に、彼は頭に血を昇らせたが、
「今のお前じゃ、何度やっても同じことだぜ」
藤次のピッチングを前に、次から次へと空振りを繰り返し、あっと言う間にチャンスが残り1球となってしまったのであった。
「はあ、はあ…クソッタレ…」
竜岡は、息を切らしながら顔をゆがめたが、
「疲れただろう…いいぞ、少しくらい休んで」
「バカ言え…ようやく、ウォーミングアップができたところで、おちおち休んでいられるか。人の心配をする前に、てめえらの心配をしやがれ」
そうタンカを切って、バットを構え直すと、
「ははは…何だい、あの熱の入れようは!」
その様子に、晴翔は思わず大きく笑った。
「次は、絶対ホームランにしてやるぜ」
竜岡が、闘志をむき出しにして藤次を睨むと、
「さあ、これでとどめだ!」
彼は、そう言って、思い切り手を振り抜いた。その投球に対して、竜岡は、渾身の力でバットを振り抜いていった。しかし、藤次の投げた球は、彼の気迫に怯むことなく玄奘のキャッチャーミットに、しっかりと収まったのであった。
「残念だったな…」
「クソ!」
藤次がニヤリと笑うと、竜岡は、思い切りバットを大地に叩きつけて悔しがった。だが、玄奘は、そんな彼を静かに見つめていた。
短気で粗暴な男ではあるが、素直で一本気なところもある…そして、何よりも評価するべきものは、どんな球でも当たれば、軽々とスタンドへ持っていけそうな力強いスイングであり、まさにそれは、“龍”の如し…だな。もし、この男が、本気で野球をしたいと言い、本気で練習をすれば、かつてないホームラン記録を叩き出す恐るべきスラッガーになるかもしれん…
玄奘は、彼に対して、そう興味を抱いたのだった。
「奴が素人だったせいもあるが、それにしても烏丸の球は半端じゃねえぜ。こりゃ、マジで成す術がないかもしれんな」
晴翔は、思わず苦い顔をした。と、ふいに、はっと我に帰ると、
「はっ…何、俺まで熱くなっているんだ。こんなお遊びに…」
思わず顔を赤くしたのだった。そして、
「おい、何をしている…次は、お前の番だぞ」
「お…おう…」
玄奘の催促に、彼は大きく深呼吸をして、バットを強く握り締めたのであった。
「こうなったら、やれるだけやってやるぜ」
晴翔は、そう自分に言い聞かせると、
「よしっ…来い!」
バットをぐっと構えた。
「迷いがあるな…それでは、藤次の球は打てん」
玄奘は、彼の様子を見て、そう悟り、
「いくぜ!」
藤次が、大きく振りかぶって、第一球目を投げると、
「うおっ!」
晴翔は、彼の球威に圧倒され、大きく大根切りのようにバットを振ってしまった。そして、
「なんて球だ…」
頬を伝ってきた汗を、袖で拭ったのだった。
「バットの振り方から言って、竜岡以上の素人のようだな」
玄奘が、小さく笑うと、
「おい…もっと脇を締めてバットを振れよ。そんなみっともねえ振り方じゃ、話になんねえぞ」
「うるせえ…なんで、お前に指導されねえといけねえんだよ」
竜岡のつっこみに、晴翔は思わず吠えた。
「おい、おい…よそ見していると、また空振りするぜ」
それを見て小さく笑いながら、藤次が、第二球目を投げると、晴翔は、力一杯にバットを振り抜いたが、かすることさえできず、
「完全に振り遅れているじゃねえかよ…振り回さないで、当てていくことに専念しろや」
「いちいち、話しかけて来るじゃねえ…大体、お前との勝負でやっているのに、敵にアドバイスしているんじゃねえよ」
またしても、竜岡に対して、大きく怒鳴った。
「この調子じゃ、すべて空振りだな」
そして、藤次の放つ第三球目に対しても、まったく歯が立たず、むなしくバットは空をきったのであった。
「こうなったら、バットをもっと短く持て…その方が打ちやすくなるぞ」
「うがあああ、気が散る…なんなんだよ、てめえは!」
晴翔は、煮え切らない気持ちで一杯になり、
「クソッタレ…絶対に打ち崩してやる」
頭に血を昇らせながら、バットを構えた。
「今のお前じゃ、無理だと思うが…」
こうして、藤次の剛球は、次々とキャッチャーミットに突き刺さり、残り2球にまで追い詰められたのであった。そして、
「くそ…」
晴翔の息づかいは、次第に荒くなっていった。
「おい、おい…せめて、そのクソピッチャーから1球ぐらい打ち返して、俺様の仇ぐらい取れよ。このデクノボウが!」
「勝手に、味方になっているんじゃねえよ…てめえは!」
その言葉に、ついに彼らは、口喧嘩を始めると、
「ふっ…案外いい奴らなのかもしれんな」
藤次は小さく笑ったのだった。
「ちょっと、タイム…」
晴翔は、気を取り直すため、打席を外れると、ぶつぶつと独り言を言いながら素振りを始めた。それを眺めながら、
「しかし、この虎頭と名乗る男…どういう訳だか、最初に見た時よりも、格段にスイングが良くなっている…こんなに成長の速い男は、今までに見たことがない」
玄奘は、思わずはっとすると、
「虎頭晴翔…その名の通り、その身に虎の如き柔軟で変化に富む才覚を秘めているとでも言うのか」
ふいに、背筋が凍る思いをした。そして、
「よし…再開といこうか!」
晴翔の挑戦的な目から、密林に君臨する猛虎のような迫力を感じたのだった。
「ふっ…冗談がきついぜ」
藤次も同様に晴翔のスイングの変化に気付いていたが、冷静さを損なうことなく投球姿勢を取ると、
「そう簡単に、ド素人に打たせるかよ」
力一杯に、第九球目を投げた。
「今度こそ…」
晴翔は、歯を食いしばりながら、そのボールに向かってバットを振った。すると、ボールはバットの端っこに当たり、空高く真上に打ちあがったのだった。
「オーライ!」
玄奘は、立ち上がって、そのボールを難なく捕球すると、
「あ…当たった…」
晴翔は、わずかではあるが、心が躍る感覚を覚え、
「最後の最後で、調子が出てきた感じだぜ…次はいけるかもしれない」
バットを強く握りしめたのであった。
「キャッチャーフライで、ニヤついているんじゃねえよ。試合じゃ、ただのアウトだろうが…このボケが…」
彼の様子に、竜岡は顔を天に向けて大いに嘆くと、
「竜岡の言う通りだ」
それに頷きながら、藤次は振りかぶり、
「打ち返すと言うのは、俺の頭上を越えると言うことだ!」
最後のボールを投げたのだった。それに対して、
「でやあああ!」
晴翔は大きく吠えながら、力強くスイングをすると、玄奘が、
「むう…タイミングは、ドンピシャ…」
思わず口走って、かっと目を見開いた。と、その瞬間、彼のバットは、迫りくるボールをするどく捉えたのであった…




