第30話:迫る解体面談と、行動予測
翌日の火曜日。
午後から、第3営業課のメンバーに対する白鳥室長の「個別面談」が、小会議室にて順次開始された。
表向きは「配置転換に向けたキャリアヒアリング」だが、その実態が、各人の能力を見極めるための冷徹な「査定」であることは明白だった。
最初に呼ばれたのは、元課長の佐藤だった。
30分ほど経って会議室から戻ってきた佐藤は、なぜか胸を張り、鼻の穴を膨らませて上機嫌で自席へと帰還した。
「いやぁ、白鳥くんはじっくりと人の話を聞く好青年じゃないか! 僕がこれまでいかに大局的な視点で部下たちを泳がせ、自主性を重んじるマネジメントを行ってきたか、30分間みっちりと語ってやったよ! 彼も最後は言葉が出ないほど感銘を受けて、額に汗を浮かべていたな! ガハハ!」
『……それは感銘を受けたんじゃなくて、あなたのあまりの無能さと勘違いっぷりに、開いた口が塞がらず冷や汗をかいていただけよ』
私は笑顔で「さすが佐藤さんですね」と相槌を打ちながら、内心で冷ややかに訂正した。
続いて呼ばれたのは田中、そして美香だった。
それぞれ面談を終えて戻ってきた二人の顔色は、佐藤とは対照的に、土気色に染まっていた。
「さ、佐々木さん……っ。白鳥室長、ずっと穏やかな笑顔なんですけど、目が全然笑ってませんでした……っ。『田中さんが過去3年間で達成した具体的な業務改善の数字を教えてください』って詰められて、俺、何も答えられなくて……っ!」
「わ、私もですぅ……っ! 『美香さんの担当業務のフローチャートを今ここで書いてください』って言われて、『相手の機嫌を見て付箋の色を変えてます』って答えたら、氷点下の笑顔で『それは業務とは言いませんね』って……っ! 私たち、絶対に捨てられますぅ!」
ガタガタと震えながら泣きつく二人。
私は「大丈夫ですよ、お二人の良さは私が一番分かっていますから」と優しく慰めつつ、頭の中では高速で思考を巡らせていた。
『……なるほど。これで白鳥室長の頭の中が、手にとるように分かったわ』
***
その頃、小会議室。
3人の面談を終えた白鳥は、誰もいなくなった室内で、こめかみを強く押さえながら深い溜息をついていた。
「……信じられない。なんという惨状だ」
普段はどれほどトラブルが起きても眉一つ動かさない白鳥の顔に、隠しきれない疲労と困惑が滲んでいた。
手元のタブレットには、佐藤、田中、美香の人事データと、今しがた行った面談の記録が表示されている。
「第3営業課の業績が低迷しているのは、単に組織の構造やシステムの問題だと考えていたが……甘かった。原因は、この人材そのものだ」
白鳥は、先ほどの面談のやり取りを思い返し、忌々しげに呟いた。
「佐藤……実務を一切把握していないどころか、自分が無能であることすら認識していない、歩く認知バイアス。田中……基礎的なデータ処理すら怪しく、過去の怠慢を誤魔化すことしか考えていないサボり魔。そして美香……業務を私的な人間関係と感情論で複雑化させる、非効率の権化」
白鳥の脳内で、彼ら3人を第1営業課や第2営業課へ「配置転換」した場合のシミュレーションが瞬時に実行される。
「……ダメだ。こんな連中を、現在フル稼働している主力部署に混ぜてみろ。彼らの生み出すミスと非効率のフォローに既存社員の時間が奪われ、部署全体の生産性が劇的に低下する。下手をすれば、営業部全体が腐り落ちるぞ……!」
白鳥にとって、会社の業績悪化は「自身のストックオプションの消滅」を意味する。
かといって、第3営業課をそのまま残すという選択肢も、再編計画を打ち出した手前、彼のプライドとロジックが許さない。
「配置転換は危険すぎる。……となれば、会社と私の利益を守るための最適解は一つだ」
白鳥の目が、冷徹な光を帯びた。
「彼ら3人を、他部署へ異動させる前に『合法的に解雇』する。……だが、日本の労働法において、単なる能力不足で正社員を即座に解雇するのは極めてハードルが高い。不当解雇で訴えられれば、会社のレピュテーション(評判)に傷がつき、株価に悪影響が出る」
白鳥はタブレットを閉じ、指先で机をトントンと叩いた。
「彼らを即座に、かつ誰からも文句が出ない形で懲戒解雇、あるいは自主退職に追い込むための『決定的な理由(コンプライアンス違反や重大な過失)』……。過去の業務データやログを徹底的に洗い出し、何としても見つけ出す必要があるな」
***
同日の夕方。
私の順番だった面談は、白鳥室長の「急な別件」によって翌日に延期となった。
『急な別件、ね。……ふふっ、私の予測通り、早速「3人を合法的にクビにするためのアラ探し」に走り出したわけだわ』
私は給湯室で一人、スマートフォンに表示されたゲンさんからの調査報告メッセージを見つめていた。
【ゲン】:奈緒ちゃん、白鳥の調査結果が出たぞ。……結論から言うと、あいつは「真っ白」だ。過去のM&Aやリストラ案件もすべて洗ったが、違法な強要や裏金、個人的なスキャンダルは一切出てこなかった。マキちゃんにも法務面を見てもらったが、労働基準法から社内規定に至るまで、完璧にルールを守って処理してる。完全に「合法の壁」の中にいる男だぜ。
『……やっぱりね。自分のストックオプションの価値を最大化したい人間が、自分の経歴に傷がつくような違法行為をするはずがないもの』
私はメッセージを読み終えると、履歴を完全に削除した。
相手は、違法行為を一切行わない、完全にクリーンでロジカルな強敵。
そして今、白鳥は佐藤たち3人の底抜けの無能さを正確に理解し、「彼らを他部署に異動させれば会社が傾く。だから、合法的に解雇するための『正当な理由』が欲しい」と強く願っている状態だ。
『……だったら、答えはシンプルね』
私の口角が、静かに弧を描いた。
『彼が「合法の壁」から絶対に出てこないのなら、彼が思わず手を伸ばしたくなるような「極上の獲物(偽の解雇理由)」を目の前にぶら下げて、自分から不当な手段(ルール違反の罠)を選ばせるように誘導すればいい』
もちろん、白鳥ほど慎重で優秀な男が、私が用意した偽情報にコロリと騙される確率は、決して高くないだろう。
途中で「これは罠かもしれない」と気づかれる可能性も十分にある。
『でもいいのよ。この作戦の素晴らしいところは、たとえ白鳥室長に看破されたとしても、私が誰かに疑われたり、痛手を負ったりするリスクが「完全にゼロ」だということ』
低コスト、ノーリスクで仕掛けられる、見えない毒餌。
もし彼がそれに食いつけば、その瞬間にチェックメイト。
たとえ食いつかずに警戒したとしても、それ自体が「彼の手足を縛る次の布石」になる。
『さあ、明日の私の面談までに、最高のプレゼン資料と……社内システムの奥底に眠る「3つの秘密」を、綺麗に飾り付けておいてあげましょうか』
私は冷めた紅茶を流し込み、誰もいない給湯室で、一人優雅に微笑んだ。




