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事務職OLの華麗なストレス解消法  作者: tky@複数作品連載中


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第13話:完璧な被害者のメイクと、反撃の罠

月曜〜水曜:孤立への誘導と、能動的な罠のセット


「大声復唱・防波堤作戦」で黒田の虚偽の指示を封じ込めた先週から、週が明けた。 月曜日の朝。黒田涼平は、相変わらず俳優のような爽やかな笑顔でオフィスに出社してきた。


「おはよう、みんな。今週も頑張ろう」


彼の声は、相変わらず人に安心感を与える完璧なピッチだ。 しかし、彼が私に対して直接指示を出してくることは、パタリとなくなった。その代わり、彼は別の標的――この営業部の中で最も御しやすい「無能たち」へとターゲットを変更していた。


「美香さん、この間のプレゼン資料の表紙、君がデザインしたんだってね。とても素晴らしいセンスだ。佐々木さんが作るような、味気ないエクセルとは大違いだよ」 「えっ、本当ですかぁ!? 黒田課長にそう言ってもらえるなんて、超嬉しいですぅ!」


黒田は美香のデスクの横に立ち、甘く囁くように彼女を褒めそやした。 美香の目は完全にハートマークになり、頬を赤らめている。


「田中くん。君の新規開拓のリスト、拝見したよ。視点が非常にユニークだ。佐々木さんは君のやり方を『効率が悪い』と非難しているようだが、僕は君の泥臭いアプローチこそが、今後の営業部に必要だと思っている」 「か、課長……! わかってくれますか! 俺、ずっと佐々木さんにダメ出しばかりされてて……」 「気にするな。君の能力を正当に評価できない人間の方が、どうかしているんだ」


――なるほど。そう来たか。


私は自分のデスクでキーボードを叩きながら、冷ややかにその光景を観察していた。 私を直接攻撃して証拠を残すリスクを避け、周囲の人間を洗脳し、私をオフィス内で完全に孤立させる作戦。典型的な「集団ガスライティング」への移行だ。


美香のような承認欲求の塊や、田中のようなプライドばかり高くて実力のない男は、黒田のような「権威」から優しく肯定されることに信じられないほど弱い。 黒田はそこに目をつけ、「君たちは優秀だ」「佐々木は君たちを不当に見下している」という嘘を吹き込み、見事なまでに彼らの心を掌握したのだ。


私をオフィス内で孤立させる典型的な集団ガスライティング。水曜日には、すっかり増長した田中と美香が、当然のように自分の業務を私に押し付けてくるようになっていた。


「佐々木さん。俺、課長と外回りだから、この顧客リストの入力と明日の朝までの見積もり頼むわ。課長も『佐々木さんは暇してるし、職場の空気ばかり乱すから、せめて雑用くらいはやらせておけ。あいつはミスばかりするから』って言ってたぜ」


田中は、黒田の陰湿な悪口を嬉々としてオウム返しにした。

私は胸ポケットのペン型ボイスレコーダーが確実にそれを録音していることを確認し、「……分かったわ」と困ったように引き下がった。


そして、引き受けたタスクを猛スピードで処理し始める。

ただし、完璧には仕上げない。私は自身の膨大なタスク処理ログを記録しながら、あえて「気付かれにくい微妙な数字のミス」を数カ所に仕込んだ。

そして、田中にメールを送信する。

『ドラフトを作成いたしました。私は現在〇〇や△△など(※膨大な業務ログを添付)の業務に追われており、これ以上のディテールを詰める時間が取れません。最終的な内容確認と先方への送信は、担当者である田中くんにお願いいたします』


「暇だ」「信用できない」と陰口を叩いていた相手の作業結果を、碌に確認もせずにそのまま顧客へ送信すれば大クレームに発展する。

私には「膨大な業務を抱えているログ」があり、「内容確認を求めたメール」という証拠がある。不十分な引き継ぎで丸投げし、最終確認を怠った田中の自己責任として、完璧に批判が集中する状況の完成だ。


さらに私は、田中がデスクに置きっぱなしにしている営業バッグの底に、「社外秘・持ち出し厳禁」の赤いスタンプが押された極秘顧客リストのコピーを小さく折り畳んで滑り込ませた。


「奈緒さぁん、このパンフのデザイン、あとはやっといてくださーい」


続いてやってきた美香にも、完璧なトラップを用意した。

私は、はっきりと透かしが入った『著作権あり』のダミー画像を美香に送信し、チャットにこう記載する。

『※共有した画像はあくまでイメージ用の著作権保護サンプルです。絶対に商用や外部向けには使用しないでください』

注意書きなど読まない彼女は、見栄えの良い画像をそのまま使ってトラブルを起こすだろう。


さらに私は、美香が毎日「お疲れ様自撮り」をする窓際のスペースの後ろにあるホワイトボードに、来期の未発表製品のスペック表をこっそりと貼り出しておいた。

そして、彼女のブランドバッグのポケットにも、田中と同じ「持ち出し厳禁」の書類を忍ばせる。


――著作権侵害。社外秘の情報漏洩。そして機密文書の不正持ち出し。

黒田が健在であろうと庇いきれないほどの、複数の致命的ミスの時限爆弾だ。


木曜:完璧な被害者と、匿名の告発状


木曜日の午前。

私はオフィスの化粧室の鏡の前で、入念に「仕上げ」を行っていた。

目の下にはブラウンのアイシャドウでリアルな「睡眠不足のクマ」を作り出し、リップは血色のない色を選ぶ。連日の過重労働と周囲からの孤立によって、今にも壊れそうな「ボロボロの事務員」の顔だ。


私は個室トイレに入り、自身のスマホから追跡不可能な匿名メールシステムを開いた。

宛先は、専務取締役、およびその娘である社長室長(黒田の婚約者)。


件名:『営業部・黒田涼平課長による、密室でのハラスメント行為に関する告発』


『専務、および室長へ。 私は営業部の者です。現在、黒田課長が特定の女性社員を頻繁に「第3ミーティングルーム(防音の密室)」へと呼び出しています。 その女性社員はここ数日でみるみる顔色が悪くなり、以前は高かった評価が急に反転し、部署内で不自然なほど悪評が流されるようになりました。 添付ファイルは、過去に黒田課長の下から「急な自己都合」で退職していった女性社員たちの履歴データです。これまでの退職者たちと、全く同じ孤立のパターンが起きています。 どうか、彼が頻繁に使用する第3ミーティングルームを監視し、真実を確かめてください』


証拠が手元にないなら、一番聞かれてはマズい権力者たちに「監視すべき正当な理由と疑惑」を与え、彼ら自身の権力で動かせばいい。

私は送信ボタンを押し、覇気のない足取りでオフィスへと戻った。


金曜・午前10時:終わらないストレスと、毒虫たちの羽音


決戦の金曜日。

オフィスは朝から、私をイラつかせる無能たちの羽音で満ちていた。


「あっ、佐々木さーん! 昨日僕が投げたやつ、まだ終わってないんですかぁ? 遅いなぁ」

田中が、コーヒーを啜りながら信じられない言葉を吐く。


「奈緒さぁん、私、今日午後からネイルなんで、これやっといてくださぁい。ぴえん」

美香が、香水の匂いを撒き散らしながら書類を押し付けてくる。


そして。

「佐々木さん。ひどい顔色だね」

黒田が、爽やかな笑顔の裏にサディスティックな優越感を隠しきれない顔で、私を見下ろしていた。


「僕の言うことを素直に聞いていれば、こんなに苦労することはないのに。君が孤立しているのは、君自身の『協調性のなさ』が原因だよ」


――このクズ共。あと半日もしないうちに、全員まとめて地獄の釜で煮込んでやる。


「……申し訳、ありません」

私は震える声で謝罪し、深く頭を下げた。


金曜・午後3時:密室の盗聴器と、実名のチェックメイト


午後三時。

私の「怯えた顔」を見た黒田は、ついに私が屈服したと確信し、罠を仕掛けてきた。


「佐々木さん。今後の君の処遇について面談をしよう。第3ミーティングルームへ。もちろん、スマホやスマートウォッチはロッカーに置いてからね」


私は「はい……」と消え入るような声で答え、指示通りに電子機器を外し、密室へと入った。

カチャリ、と重いドアが閉まる。


黒田は私が指定の席に座るのを確認し、ブラインドを下ろした。

私は怯えたように視線を泳がせながら――テーブルの裏の配線の陰に、小さく黒い異物が取り付けられているのを、見逃さなかった。

素人では絶対に手に入らない、プロ仕様の超小型集音マイク。先日は確実になかったものだ。


――ビンゴ。


私は心の中でガッツポーズをした。

昨日送った匿名の告発メールと、過去の女性社員の退職データ。それを見た専務か婚約者が、自らの権力を使って、秘密裏にこの部屋に盗聴器を仕掛けたのだ。

今の私たちの会話は、すべて「上層部の耳」へと筒抜けになっている。


「佐々木さん。最近、君の悪評をよく聞くよ。周囲とも馴染めず、仕事も遅い。このままでは、退職を勧告しなければならないかもしれない」

「そんな……! 私、どうすれば……」

私は両手で顔を覆い、本物の女優顔負けの震える声を出した。


「でもね、僕は君を見捨てたくないんだ。君が僕に『誠意』を見せて、僕の『特別な存在』として尽くしてくれるなら、権限で守ってあげてもいい。……今夜20時。品川のホテル・グランテラスのラウンジに、僕の名前で個室を取ってある。そこへ来なさい。逃げられると思わないことだ」


黒田の低い声が、ねっとりと私に絡みつく。

決定的なワードは口にしていない。しかし、この密室での圧力と「今夜のホテル指定」は、上層部の耳には最悪のハラスメントとして届いているはずだ。


「……はい」

私が泣きそうな声で頷くと、黒田は満足げに部屋を出ていった。


一人残された密室で、私はテーブルの裏の盗聴器をチラリと一瞥し、微かに微笑んでから部屋を出た。


足早にロッカーへ戻り、スマホを取り出す。

そして、昨日匿名で送ったメールの「返信(スレッド)」を開き、今度は自分の「実名の社内メールアドレス」から、上層部に向けてメールを打ち込んだ。


『専務、室長。

突然のメールをお許しください。営業部の佐々木奈緒と申します。

昨日匿名で送られた告発メールは、私のことです。

先ほど、黒田課長から第3ミーティングルームに呼び出され、「誠意を見せて特別な存在になれ」と脅されました。そして今夜20時、品川のホテル・グランテラスのラウンジに呼び出されています。従わなければ退職に追い込むと仄めかされました。

私は今、恐怖でどうしていいか分かりません。どうか、上層部の皆様から、私が今夜どうすべきか、お助けいただけないでしょうか』


送信。

完璧なチェックメイトだ。


上層部は、自ら仕掛けた盗聴器で「疑わしい音声」をリアルタイムで把握した直後に、被害者本人から「たった今脅された、今夜ホテルに呼び出されている」という実名でのSOSを受け取るのだ。

これで黒田の婚約者と専務が動かないはずがない。


「……さて。舞台の準備はすべて整ったわ」


そこには、獲物が自ら死地へと歩いていくのを確信した、冷酷で美しい猟師の笑みがあった。

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