時にはハッピーバースデーを
最初は少しの違和感だった。確信に変わったのは最後に一緒に飲みに行った時。もしかしたらこれが、最後になるかもしれない。これからずっと、最後になるかもしれない。
自分の醜さに吐き気がする。気持ち悪い。もう、どうしたらいいか分からない。
「クー!酔ってきましたねー!」
「お前そういうタイプだったのか…」
時野谷の眼の前のテーブルには空ビールジョッキが10ほど並べられていた。4つは香、6つは時野谷のだ。コイツ大丈夫か…今2人に酔いつぶれられたら困る。タイムリープの不安感に一人取り残されるのは嫌だ。
そんな不安を察したのか否か、時野谷は自身のバッグを取り出した。
「大丈夫ですって!ほら!某肝臓サポートドリンク、5本常備してるんで!」
時野谷が見せてきたバッグの中には成る程、茶色い瓶が幾つか入れられていた。これ大丈夫なのか…その、効能とか。こんなガサツな感じでいいのか?
「いや、だとしてもだな…流石に酔いつぶれないか?」
「え?」
ゴックゴックと新しいビールを飲みながら、時野谷が間の抜けた声を出した。
「私は酒にも強い女なのでっ」
カチ、カチ、カチと時間が過ぎていく。俺も飲みすぎたのだろう。聞こえてくる秒針の音も…って、そんな話をしてたらまた香が酔いつぶれてるではないか。
「おい、香〜、大丈夫か?」
「気持ち悪い。」
「おわっ、形容詞!」
なんでこの状況で文学的なツッコミができるんだよコイツは。って、もしかしてちょっと前の意趣返しか?
「私のストックしてるヤツ飲みます⁉ほら、イッキ!イッキ!」
「そのノリあんま酔い冷ましでやんねえよ。」
カチ、カチ、カチ。今になって秒針の音が聞こえているのに気が付いた。
「おい、待て時野谷。あんまやるなそれ。」
「イッキ!イッキ!」
聞いている様子がない。時野谷の「イッキ!」のやつと、だんだんと目覚ましのように大きくなっていく秒針の音に苛まれる。地獄絵図みたいになる、
カチ、「イッキ!」カチ、「イッキ!」
なんか裏拍でイッキさせてるな、なんてクソみたいなことしか頭に浮かばない。酔いが悩みなんて全部吹っ飛ばす。これは駄目なことなんだろうなと自覚しながらも、タイムリープしたら酔いも覚めるだろ、なんてずるい考えが頭をよぎった。
時間がまた戻る。
「イッキ!イッ…キ…あれ?」
バッ、と香が時間を確認する。
「最悪…もう飲んじゃってる…」
眼の前は5つの空ジョッキ。巻き戻った先は、時野谷が悪ノリするちょい前くらい、約20分前だった。
「ごめん、穂香ちゃん。私にちょっとくれる?それ」
「オッケーです。イッキ…は辞めときましょう。我に返りました。」
穴があったら入りたい、とでも言いたげに時野谷が萎縮していく。
タイムリープした先、今はまだそんなに酔っていないはず。そう思った矢先、少し前の記憶が蘇る。
『まただよも〜。酔いさめちゃったじゃん。』
その言葉と今の行動に少しの違和感を覚えた。なんだ?何かが変だ。だが、咄嗟に浮かんだ小さな違和感、何を違和感に思ったのか、火がつきかけた誕生日ケーキのロウソクのようにふっと、消えてしまった。
「ごめん、やっぱ気持ち悪い、トイレ行ってくる。」
「ちょっ、大丈夫香ちゃん⁉私もい…」
ガラッ。ととても急ぐようにして、香は行ってしまった。
「大丈夫かな…私の同行も拒否するくらいしんどかったのかな…私のノリイタかったもんな……」
と、時野谷が自己嫌悪し始めた。マズイ、訂正しなくては。
「まぁ…お前のノリは確かにイタかったけど…」
「ほら…やっぱり…」
「違う違う!俺が言いたいのは、お前のイタノリのせいで香が無視したんじゃないって事だよ!」
時野谷が、何を言いたいのか分からないとでも言いたげにポカンとした顔をしている。
「香は友達の事を無視するような奴じゃない。俺が保証する。」
時野谷の顔が少し明るくなった。
気持ち悪い。気持ち悪い。ずっと酒に飲まれてる。何回も、何回も、酒に飲まれてる。なんで「私」だけこんな目にって恨んでも仕方がないから、割り切って努力するつもりだったのに。友達の事を無視してしまうくらい荒んでいる。
一ヶ月記念。一ヶ月記念。Happy Birthdayみたいなもんでしょ。
何も生まれ変わってないけど。




