EP 7
物流ストライキ!張慶雲の牙
「……遅い」
月陽市の廃ビル。
時刻は午後2時を回ろうとしていた。床に座り込むレンジャー隊員たちの胃袋から、限界を知らせる盛大な音が鳴り響いている。
優太の「悪徳医療スキーム」によって敵から巻き上げた1,500万円。
信長はその即金を使って、ロシア商人ヴィクトルに『特製ロシアン弁当100個』と『弾薬・溶接ガス』を即座に発注した。注文完了の通知はとっくに来ている。
あとは、月陽市の物流を担う中国人配達員たちが、アツアツの弁当を運んできてくれるのを待つだけ——のはずだった。
「中隊長。配達アプリのステータスが、3時間前から『集荷待ち』のまま動きません」
タブレットを監視していた通信兵が、力なく報告する。
「どういうこっちゃ……ヴィクトルの野郎、金だけ取ってバックれたか?」
苛立った信長が、直接ヴィクトルの端末に通信を繋いだ。
『やあ日本の兵隊サン。弁当ならとっくに出来上がって、プレハブの前に積んであるヨ。すっかり冷めちまったがね』
通信越しに、ヴィクトルがベロモルカナルの煙を吐き出しながら笑う。
『だが、運ぶ連中がストップしちまったんだ。文句があるなら、物流の元締め(バイトリーダー)に直接言ってくれ。回線を繋ぐよ』
ツー、というノイズの直後、回線が切り替わった。
『——もしもし? ああ、坂上サンですか! お疲れ様です、いつもお世話になっております〜』
スピーカーから聞こえてきたのは、非常に愛想の良い、流暢な日本語だった。
声の主は、月陽市の物流と日雇い労働者を束ねる中国人バイトリーダー、張 慶雲。
表向きは気のいいベテラン労働者だが、その正体は中国国家安全部(MSS)の特級工作員だ。
「張さん! 弁当の配達はどうなってる!? こっちは腹ペコなんだよ!」
信長が怒鳴ると、張は『いやぁ、申し訳ない』と、実にすまなそうな声を出す。しかし、その背後で高級煙草『中華』に火をつける微かな音が、彼の冷徹な本性を表していた。
『実はですね、私の可愛い部下(配達員)たちが、東区画への配達をボイコットしておりまして。ええ、今朝から絶賛ストライキ中です』
「ストライキだと!?」
『当然でしょう。あなた方とアメリカさんが、毎晩ドローンを爆発させたり、廃車でバリケードを作ったりするせいで、東区画の道は穴だらけです。そんな危険地帯に、時給1,500円で弁当を届けに行けますか? 労働者の命をなんだと思っているんですか!』
張の言葉は、完璧な「労働者の権利の主張」だった。
『我々は中立の労働組合です。劣悪な労働環境の改善と、正当な福利厚生が保証されない限り、一歩も動きません。これは労働者の神聖なる権利です』
「……ふざけんな。配達手数料なら、昨日より上乗せして100万円払う設定になってるはずだろ!」
『一時的なボーナスではダメです。基本給のベースアップ、危険手当の恒久的な支給、さらに精神的苦痛に対する慰謝料として……そうですね、組合への【一時金2,000万円】の支払いを要求します』
「に、にせんまん……っ!?」
信長は絶句した。
手元にある資金は1,500万。全額払っても足りない。
『払えないなら、配達は無期限停止です。我々は皆さんの奴隷じゃありませんからね。それでは、失礼します』
ガチャリ、と無情にも通信が切れた。
「……やりやがった。完全にハメられたぞ」
信長はタブレットを床に叩きつけた。
すべては、SEALsのブレーン、リキタケ・ヨシマサの描いた盤面だった。
物流が止まる数時間前。高級ホテルのスイートルームで、ヨシマサは張慶雲と「密会」を行っていたのだ。
【数時間前・SEALs陣営】
『ほう? 我々組合に、助成金として2,000万円を寄付してくださると?』
画面の向こうで、張が中華の煙を燻らせていた。
「ああ。その代わり、陸自への物流ラインを全て止めろ。連中は今、医療費詐欺で1,500万のあぶく銭を持っている。だが、『運ぶ人間』がいなければ、その金はただの紙切れだ」
ヨシマサはコーヒーを啜りながら、冷酷な目で張を見据えた。
『なるほど。『戦わずして人の兵を屈する』……孫子の兵法ですね。アメリカさんにしては、東洋的で美しい戦術だ。喜んで連帯しましょう』
ヨシマサは、金で物を買い占めるのではなく、『物流のインフラ(労働者)』を金で買い取ったのだ。
血液(金)があっても、血管(物流)を縛ってしまえば、肉体は壊死する。商社マンとして世界のインフラビジネスを動かしてきた彼にとって、一都市の物流網を金で麻痺させることなど造作もなかった。
【現在・陸自陣営】
「中隊長……もうダメです。目が回ってきました……」
「金はあるのに、弁当が届かないなんて……」
廃ビルの中は、先ほどの歓喜から一転、お通夜のような絶望に包まれていた。
1,500万円という大金が口座にあるのに、胃袋には何も入らない。究極の生殺し状態だ。
「ヨシマサの野郎……っ、経済の急所を的確に突いてきやがる。このままじゃ、マジで全員餓死だぞ」
信長が壁に背を預け、ギリッと拳を握りしめた。
優太の頭脳をもってしても、物理的な「運び屋」がいないこの状況を打破する策はない。
だが、その時だった。
部屋の隅で、一人だけ黙々と「鉄クズ」をいじっていた男が、ゆっくりと立ち上がった。
「……おいおい。エリート揃いの中隊長や医官殿は、弁当が届かないくらいでこの世の終わりみたいな顔してやがる」
赤城鷹人である。
彼は、手にした『溶接の終わった鉄パイプ』——先端を鋭く削り出し、銛のように加工したお手製の武器を肩に担いでいた。
「赤城……お前、何を……」
「金で飯が買えねぇなら、買わなきゃいい。物流が止まったなら、自分の足で取りに行けばいい。単純な話でしょうが」
赤城は、ボロボロのハイエース(彼の愛車であり移動工房)のキーを指でクルクルと回した。
「俺は世界中を放浪してきた。砂漠でもスラムでも、金なんかなくても生き延びてきたんだ。月陽市には海もあれば、豊かな『山』もある」
赤城の目が、飢えた野獣のようにギラリと光る。
「野郎ども、立ちな。アメ公どもは忘れてるんだ。俺たちレンジャーが、ただの軍人じゃなく……『究極のサバイバルのプロ』だってことをな」
赤城がニヤリと凶悪に笑う。
「俺が月陽市の山で、極上の『肉』を調達してきてやる。テメェら、泣いて喜ぶ準備をしておけ」
金が通用しないなら、己の肉体と野性で命を繋ぐ。
ハイテクと経済戦が支配するこの代理戦争に、赤城鷹人が最も泥臭い「原始のサバイバル」を持ち込もうとしていた。




