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EP 6

飢餓戦線と、悪徳軍医の誕生

「腹が……減った……」

月陽市の廃ビル。昼を過ぎても、陸上自衛隊・レンジャー部隊の拠点に弁当は届かなかった。

ヨシマサの仕掛けた物流封鎖と物価高騰(1食5万円)により、屈強な兵士たちがコンクリートの床に転がり、胃袋を押さえて呻いている。

「中隊長……このままじゃ、午後の工場バイトに誰も行けません。時給が……」

「わかってる。だが、金がねぇんだ」

信長はタブレットを睨みつけながら、ギリッと奥歯を鳴らした。

そこへ、拠点周辺の「偵察」に出ていた1等海尉・中村優太が、ひょいっと軽やかな足取りで帰還した。

彼の手には、屈強な体格のアメリカ人兵士——敵であるSEALsの斥候兵が、猿轡さるぐつわを噛まされ、後ろ手に縛られた状態で引きずられていた。

「……優太。お前、そいつは」

「周辺の路地でこちらの様子を窺っていた『迷子』です。赤城曹長がばら撒いていた鉄クズを踏み抜いて、足首を軽く捻挫していたので……『保護』しました」

捕まったSEALs隊員は、恐怖に顔を引きつらせていた。

それもそのはずだ。彼はただ足首を捻っただけなのに、突如背後から現れたこの優男に、関節技(ブラジリアン柔術)で完璧に絞め落とされ、気づけば敵のど真ん中に拉致されていたのだ。

「捕虜か! よし、身代金をふんだくってやる!」

部下たちが色めき立つが、優太は冷たく首を振った。

「ダメです。ルール上、単なる捕虜の身代金要求は『第1回 週次交渉(数日後)』の場まで保留されます。今の俺たちに必要なのは、数日後の小切手ではなく、今すぐ弁当を買うための『即金』です」

「じゃあ、どうするんだ?」

優太はニコリと、それこそ非公式市場の赤山にも似た「完璧なUIの笑顔」を浮かべた。

「俺は医官ドクターです。目の前に『負傷した人間』がいる。……当然、ジュネーヴ条約と人道主義に則り、全力を尽くして『治療』します」

優太は背中のタクティカル・バックパックを下ろし、中からおもむろに医療キットを取り出した。

そして、怯えるSEALs隊員の前にしゃがみ込む。

「安心してください。俺は海自の最高峰の医療技術を持っています。あなたの捻挫を、完璧に治して差し上げましょう」

「ンーッ! ンンーッ!!(頼むからやめてくれ! ただの捻挫だ!)」

「暴れないでください。ああっ、痛みが激しいんですね! すぐに『最高級の鎮痛剤』を打ちましょう!」

優太は、ロシア商人ヴィクトルから法外な値段(30万円)で仕入れた医療キットの中から、注射器を取り出し、容赦なくSEALs隊員の腕に突き立てた。

「よし。次は患部の固定です。民間品の包帯ではバイ菌が入る危険がありますから、米軍規格の『チタン入り特製ギプス』を使います。さらに、精神的ショックを和らげるための『高濃度ビタミン点滴』も追加しましょう」

「おい、優太……お前、何やってんだ?」

信長がドン引きしながら尋ねる。優太のやっていることは、ただの軽い捻挫に対して、ICU(集中治療室)レベルの過剰すぎる医療行為だった。

「中隊長。この代理戦争の運営システムには、抜け穴があります」

優太は、隊員をぐるぐる巻きのミイラ状態にしながら、淡々と説明した。

「兵器や食料の購入は『自腹』ですが、戦闘中における敵兵への『人道的な医療提供』にかかった実費は、システムを通じて相手陣営の口座に【正当な医療費】として即時請求できる仕様になっているんです」

「……なに?」

優太は自分のタブレットを操作し、サラサラと見積書を作成していく。

緊急救命措置(TCCC)技術料:500万円

特製ギプスおよび医療消耗品代:300万円

高濃度ビタミン・精神安定点滴:200万円

ドクター中村の特別出張費(深夜割増含む):500万円

「しめて、1,500万円の御請求となります」

優太が送信ボタンをターンッ! と軽快に叩いた。

同時刻。高級ホテルのスイートルーム(SEALs陣営)。

「……どういうことだ、これは」

リキタケ・ヨシマサは、タブレットに届いた通知を見て、持っていたコーヒーカップを取り落としそうになった。

【通知:貴軍の隊員1名が、敵陣営にて『人道的救命治療』を受けました。】

【ジュネーヴ条約および大会特別ルールに基づき、医療費『1,500万円』を貴軍の口座から自動引き落とし、陸上自衛隊陣営へ送金します】

「は……? 医療費……1,500万……!?」

モニターの向こうでは、捻挫しただけの味方斥候兵が、なぜか重傷患者のようにベッドに寝かされ、最高級の点滴を受けながら「快適すぎる……」と涙を流している映像が添付されていた。

「ヨシマサ! 口座の資金が……またごっそり減ったぞ!」

エリアスが珍しく声を荒げる。

つい昨日、ドローンで民間車両を吹き飛ばして1,500万円の罰金を払ったばかりだというのに、今度は『医療費』という名目で1,500万円を合法的にカツアゲされたのだ。

「あいつら……っ! 経済封鎖で飢え死に寸前のはずだろう!? なぜこんな、アメリカの悪徳病院みたいなスキーム(過剰医療請求)を思いつくんだ!!」

ヨシマサは頭を抱え、デスクを力任せに殴りつけた。

経済を支配し、兵站を断ち切ったはずだった。だが、自衛隊の奥底には、資本主義のバグを突く最悪の「錬金術師」が潜んでいたのだ。

「ピローン♪」

陸自陣営の廃ビルに、軽快な着信音が響き渡った。

信長のタブレットに、【1,500万円入金完了】の文字が燦然と輝いている。

「……すげぇ。マジで振り込まれやがった」

「中隊長」

優太が高カカオチョコレートをかじりながら、涼しい顔で振り返る。

「これで『配達手数料100万』を払っても、お釣りが来ます。ロシア商人に、全員分の特製弁当を発注してください。ついでに、赤城曹長の欲しがっていた『溶接用のガス』も買えますよ」

沈黙していた100人のレンジャー隊員たちが、優太をまるで神——いや、悪魔を見るような目で崇め、そして爆発的な歓声を上げた。

「メディック万歳!!」

「俺たちの悪徳軍医、最高だぜェェ!!」

「さあ、飯を食って夕日町のバイトに出勤だァァ!!」

沸き立つ部下たちを見つめながら、信長は腹の底から笑い声を上げた。

「ひゃーっはっはっは! 傑作じゃ! アメ公の算盤野郎の顔が見てみたいわ!」

信長は優太の肩をバンッと叩いた。

「優太! お前、今日から敵を見つけたら殺すな! 半殺しにして、世界一高けぇ絆創膏を貼ってやれ!」

「了解しました、中隊長。……地獄の沙汰も、医療費次第ですから」

ヨシマサの仕掛けた「飢餓戦線」は、悪徳軍医・中村優太の『アグレッシブな人道支援』によって、あっけなく突破された。

代理戦争は、血で血を洗う戦闘から、ルールの極限を攻め合う「超法規的・経済ハック合戦」へとその姿を完全に変えようとしていた。

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