EP 3
ボッタクリ・ロシアの洗礼
月陽市の港湾部にある、薄暗いスクラップ工場。
その奥に鎮座するプレハブ小屋が、この狂った代理戦争における唯一の「公式ショップ」だった。
「スパシーバ(ありがとよ)。で、日本の兵隊サン。今日は何をお求めで?」
プレハブの奥で、パイプ椅子に深々と腰掛けていた大柄なロシア人——ヴィクトル・オルロフが、分厚い唇の端を歪めて笑った。
表向きはしがない貿易商人だが、その正体はロシア対外情報庁(SVR)の協力者にして、世界中の紛争地帯に武器をばら撒く死の商人だ。
彼はソ連時代から続く強烈な安煙草『ベロモルカナル』を咥え、紫煙を吐き出した。
対する陸上自衛隊・3等陸曹の赤城鷹人は、100円ライターで『ゴールデンバット』に火をつけ、同じく紫煙で応えた。
「夕日町のバイトでしこたま稼いできた。現金で150万ある」
赤城は、油と泥にまみれた茶封筒をドンッと机に叩きつけた。
「うちの中隊長からのオーダーだ。とりあえず、前衛部隊用の防弾チョッキ10着と、M4の弾薬をあるだけ貰おうか」
「150万……。ハッ、ハハハハハ!」
ヴィクトルは腹を抱えて笑い出し、机の引き出しから一枚のペラ紙を取り出して赤城に投げつけた。
それは、ヴィクトルが独自に設定した『特別代理戦争用・価格表』だった。
M4カービン用 5.56mm弾:1発 5万円
標準防弾チョッキ(プレート入り):1着 100万円
M26手榴弾:1個 80万円
止血帯(CAT)などの医療キット:1セット 30万円
今日の特製ロシアン弁当:1食 8,000円
「……おい、ロシア。桁を間違えてねぇか?」
価格表を見た赤城の眉間がピクッと引きつる。
「市場は需要と供給で決まる。君たちとアメリカ兵、たった200人のためだけに密輸ルートを維持してるんだ。この程度のマージンは当然だろう?」
ヴィクトルは意地悪く目を細めた。
「ちなみに、君たちのライバル……米海軍(SEALs)の交渉担当の男、ヨシマサと言ったかな? 彼は先ほど、君たちより一足先に買い付けに来たよ。資金にかなり余裕があるらしくてね、自爆ドローンを上限の10機、ポンと買っていった」
赤城は舌打ちをした。
ヨシマサの野郎、あのバイト代以外にも、初期資金を上手く運用して裏金を増やしていやがるのか。
それに比べて、俺たちが汗水垂らして稼いだ150万では、防弾チョッキ1着と、たった10発の弾丸しか買えない。これでは戦争どころか、ただの的当てゲームの的だ。
「さあ、どうするね? 150万で『チョッキ1着と弾10発』を買うか? それとも、特製弁当を180個買って、死ぬ前に腹いっぱい食うか?」
嘲笑するヴィクトル。
だが、赤城は絶望するどころか、鼻でふっと笑った。
「……なら、弾もチョッキも要らねぇ」
「ほう。丸腰でSEALsのドローンに突っ込む気か? サムライだな」
「勘違いすんな。てめぇのボッタクリ商品が気に入らねぇって言ってるんだ」
赤城はプレハブの窓から、外のスクラップ工場を指差した。
そこには、赤錆びた鉄板、廃棄されたトラックの板バネ、無数の鉄パイプ、そして埃を被った旧式のアーク溶接機が山積みにされていた。
「ヴィクトル。あの外の『ゴミの山』と工具一式、いくらで売る?」
「……ハァ? あんな鉄クズ、ただの産業廃棄物だぞ。持っていくなら5万でくれてやるが……」
「よし、商談成立だ」
赤城は茶封筒から5万円だけを抜き取って机に叩きつけ、残りの145万円を懐にしまった。
「おいおい、本気か? 鉄クズを盾にして防弾チョッキの代わりにする気なら、重すぎて走れないぞ?」
怪訝な顔をするヴィクトルに背を向け、赤城は獰猛な笑みを浮かべた。
「俺の経歴を知らねぇな。俺はな、大型重機からガス溶接まで、ありとあらゆる資格を持ってる『歩く工廠』だ。既製品が高けりゃ、俺が錬成してやるよ」
数時間後。月陽市の廃ビル(陸自陣営)。
「……赤城。お前、なんだそのゴミの山は」
信長がこめかみを押さえながら、目の前に広がる光景を睨みつけていた。
赤城が軽トラで運んできたのは、弾薬でも食料でもなく、文字通りの『鉄クズの山』だったからだ。他の隊員たちも「ついに赤城の頭がおかしくなった」とざわついている。
「中隊長。アメ公どもは自爆ドローンを買いました。それに、ロシアのボッタクリ価格じゃ、とてもじゃないが弾は撃てません」
赤城はそう言いながら、溶接用のマスクを頭から被った。
「弾が買えないなら、弾を撃たずに勝つしかねぇでしょう」
「どういうことだ?」
「あと数時間で、夜の『GPS公開タイム』が来ます。アメ公どもは間違いなく、ドローンか奇襲部隊を仕掛けてくる。……それまでに、俺がこの拠点に『最高に胸糞悪い罠』を作ります」
赤城はアーク溶接機の電源を入れ、鉄板とパイプを組み合わせ始めた。
バチバチバチッ!!
強烈な閃光と火花が、暗い廃ビルを照らし出す。
彼は手に入れた鉄クズを切り貼りし、分厚い即席の装甲板や、バリケード、そして「一見すると民間人の車に見えるが、実はただのハリボテのデコイ」を猛スピードで作り上げていく。
「なるほど……そういうことか。お前、性格悪いな」
信長は赤城の意図を瞬時に理解し、悪人面でニヤリと笑った。
このゲームのルール⑤。
『街の施設(民間人の家や車)を破壊すると、罰金(損害賠償)が資金から強制天引きされる』
「野郎ども! 赤城の作ったハリボテを、ビルの入り口と路地に配置しろ! SEALsのドローンに、たっぷりと『高額な車』を壊させてやる!」
信長の号令に、レンジャー隊員たちが活気づく。
弾が買えなくても、知恵と技術(DIY)で敵の財布を殺すことはできる。
夜の帳が下りる中、陸上自衛隊の拠点は、赤城の溶接の火花によって、敵の資金を食い破る「悪魔の要塞」へと変貌を遂げようとしていた。




