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EP 2

時給1万円の特殊部隊

月陽市に隣接する「夕日町」。

その地下には、巨大な自動車組み立て工場が広がっていた。油と鉄の匂いが充満する広大な空間に、ベルトコンベアの駆動音が鳴り響いている。

「えー、君たちが今日からの新人バイト君たちね。ガタイいいじゃん」

作業着に身を包んだ工場のラインただのおじさんが、目の前に整列した100人の男たちを見て感心したように頷いた。

「時給は1万円。夜勤に入れば深夜割増で1万2千円だ。ただし、ウチは喧嘩厳禁。ラインの設備を壊したり、モメ事を起こしたら即出禁クビだから。わかったね?」

「「「了解しました!!」」」

軍隊仕込みの完璧な怒号のような返事が工場に響き渡り、ライン長がビクッと肩を揺らす。

「よし、全員持ち場につけ!」

1等陸尉・坂上信長の号令で、陸上自衛隊の誇るレンジャー部隊が、一斉に自動車の組み立てラインへと散開した。

彼らの目的はただ一つ。一刻も早く『現金』を稼ぎ、枯渇しかけている部隊の資金を回復させること。

弾薬を買うのも、飯を食うのも、全てはこのライン工のバイト代にかかっている。

「……中隊長! こちらアルファ班! トラブルです、至急第3ラインへ!」

インカムから切羽詰まった部下の声が飛び込んできた。

「設備トラブルか?」

「違います! ターゲットです!!」

信長が顔をしかめ、第3ラインのドア取り付け工程に駆けつけると——そこには、目を疑う光景が広がっていた。

ベルトコンベアを挟んだ向こう側。

揃いの青いつなぎを着た、丸太のように太い腕と胸板を持つ外国人グループが、無言で、そして恐るべき精密さで自動車のドアを取り付けていたのだ。

腕に彫られたハクトウワシのタトゥー。そして、極限の死線を潜り抜けてきた者だけが持つ、特有の冷たい眼差し。

「……米海軍、SEALs」

信長が低く唸る。

なんと、敵であるはずのアメリカ最強の特殊部隊もまた、部隊の維持費を稼ぐためにこの工場で日雇いバイトをしていたのだ。

「中隊長、やりますか!?」

血気盛んなレンジャー隊員が、手元にあった電動ドライバーを逆手に持ち、殺気を放つ。

「馬鹿野郎、やめろ!!」

信長は即座に部下の頭を小突いた。

「ルール⑦を忘れたか! 一般人である工場長たちに危害を加えたり、この工場の設備を破壊すれば『罰金』からの『即失格』だぞ! 敵の挑発に乗るな!」

信長の怒声に、隊員がハッとして電動ドライバーを下ろす。

ベルトコンベアの向こう側では、SEALsのトップ・スナイパーであるエリアス・ソーンが、微動だにしない死神のような手つきで、車のフロントガラスをミリ単位の狂いもなくハメ込んでいた。

心拍数を完全にコントロールする極限の狙撃技術が、ガラスの取り付け作業に惜しみなく注ぎ込まれている。

なんだこの異様な空間は。

世界最高峰の特殊部隊同士が、ベルトコンベアを挟んで自動車部品を組み立てている。

「遅かったな、自衛隊(JSDF)」

不意に、流暢な日本語がラインに響いた。

声の主は、SEALsの作業員たちの後ろで、一人だけタブレット端末を片手に歩き回る日系人の男だった。

男は口の中で飴玉を転がしながら、信長たちを冷ややかに見下ろしている。

胸ポケットには、ブックマッチとラッキーストライクの赤い箱。

「俺はリキタケ・ヨシマサ。お前らがチンタラと悩んでいる間に、我が軍はすでに早朝シフトで『500万円』を稼ぎ終わっている。……お前らのサイクルタイム(作業速度)、遅すぎるぞ。そんなんで弾が買えるのか?」

ヨシマサが挑発的に笑う。

彼はただの兵士ではない。元5大商社のエースにして、SEALsの『経済的ブレーン』。この部隊のシフト管理と資金運用をすべて取り仕切る、市場の悪魔だ。

「……舐めた口利きやがって、あのアメ公の算盤野郎」

信長の中で、再び広島弁のスイッチが入りかける。だが、それを制した男がいた。

「中隊長。ここは俺の『戦場』です。下がっていてください」

進み出たのは、無精髭を生やした3等陸曹——赤城鷹人あかぎ たかとだった。

彼は首をゴキッと鳴らすと、無造作に溶接機とインパクトレンチを手に取った。

「赤城……お前、できるのか?」

「工業高校卒、元・期間工(ライン工)を舐めないでいただきたい。俺は世界中を放浪する前、この作業で死ぬほど金を稼いでたんスよ」

赤城の目が、獰猛な野獣のそれに変わる。

「おい野郎ども! アメ公に日本のモノづくりの意地を見せてやれ! サイクルタイムを規定の半分に縮めるぞ!!」

「「「応!!!」」」

そこから先は、さながら異常な代理戦争だった。

レンジャー部隊の圧倒的な体力とチームワーク、そして赤城の熟練の技術が合わさり、自動車が規格外のスピードで組み上がっていく。

対するSEALsも負けじと、エリアスを中心に無駄を一切省いたサイボーグのような正確さでラインを回す。

ガガガガガッ!

バチバチバチッ!

インパクトレンチの駆動音と、溶接の火花が激しく交錯する。

一発の銃弾も飛び交わないが、そこには確かに「戦争」の熱狂があった。

「す、すげえ……! 君たち、過去最高の生産ペースだよ! 明日も全員シフト入ってくれるよね!?」

何も知らないライン長が、感動の涙を流しながら叫んでいた。

数時間後。

作業を終え、泥と油にまみれたレンジャー隊員たちは、工場の裏路地で現金の入った茶封筒を受け取っていた。

「……本日の稼ぎ、総額150万円」

信長が封筒の厚みを確かめ、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。

「よし。初期の防衛費としては十分だ。赤城、あのクソったれなロシア商人のところへ行ってこい。弾薬と装備を買い叩いてやる」

「了解っス。……値切るのに失敗したら、適当な鉄屑だけ買ってきます。俺が武器に改造するんで」

赤城が分厚い封筒を懐にねじ込み、闇夜へと消えていく。

金は手に入った。

だが、あのヨシマサという男が、ただ真面目にバイトだけで資金を稼ぐはずがない。信長の本能がそう告げていた。

ルールが支配するこの街で、本当の地獄は「撃ち合い」ではなく「経済戦」にあるのだ。

「さあ、反逆の準備だ」

信長の瞳に、確かな闘志が宿っていた。

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