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第一章 兵站崩壊と反逆の狼煙

最強の兵士は、一発の銃弾も撃てない

月陽市の外れに位置する、放棄された巨大な雑居ビル。

その暗闇の中に、一切の足音を立てず潜む100の影があった。陸上自衛隊、最精鋭のレンジャー部隊である。

「……アルファ1より中隊長。南西の路地に敵影ターゲットを確認。米海軍SEALsの斥候部隊と思われます」

部下からの無線に対し、最前線で双眼鏡を構えていた1等陸尉・坂上信長さかがみ のぶながは、静かに右手を挙げた。

「距離150。完全に射程内です。発砲許可を」

隣に伏せていた若い隊員が、M4カービンの安全装置セーフティを外す。カチャリという微かな金属音が暗闇に響いた瞬間——。

信長は、隊員の銃身をガシッと手で掴み、強引に銃口を床に向けさせた。

「待て。撃つな」

「……えっ? し、しかし中隊長、完全に奇襲のチャンスです。今のうちに頭数を減らして——」

「弾の値段を言ってみろ」

「は……?」

困惑する部下に対し、信長は暗視ゴーグルを押し上げ、鋭い眼光で睨みつけた。

「そのM4の弾、一発いくらで買った?」

「……確か、ロシア人の商人から、一発5万円で……」

「そうだ。お前が今、トリガーを引いて3点バーストを撃てば、それだけで15万円が吹き飛ぶ」

信長はため息をつきながら、戦術用タブレットの画面を部下たちに見せた。そこに表示されていたのは、敵の配置図でも作戦目標でもない。

『部隊の収支決算表』だった。

「いいか。あのクソみたいなロシア商人から買う今日のおにぎりは、1個5,000円だ。お前がさっき撃とうとした数発の弾丸のせいで、部隊の昼飯が飛ぶんだよ」

なぜ、国の威信を背負った最強の兵士たちが、こんなみみっちい家計簿を気にしているのか。

事の発端は数日前。月陽市の高級料亭『彼岸花』で行われた、一部の特権階級による狂った密約のせいだった。

日米の最高幹部たちが酒を酌み交わす中、冷徹なフィクサー・赤山天人が静かに万年筆を置き、告げたのだ。

『陸自100名、米軍100名。月陽市という箱庭で、どちらが優秀か決めましょう。勝利条件はただ一つ、相手陣営の【50kgの旗】を奪うこと』

そこまではいい。ただの訓練だ。だが、赤山の提示した異常なルールが、この遊戯を「地獄」に変えた。

『ただし、本国からの支援は一切なし。両陣営に初期資金として【2億円】だけをお渡しします。以降、武器、弾薬、毎日の飯に至るまで、すべて己の資金で調達し、半年間生き延びてください。——ああ、言い忘れました。金が尽きれば、あなた方は餓死するか、丸腰で蜂の巣になるかのどちらかです』

「初期資金2億円……。大金に見えるがな、100人の大所帯を養うには絶望的に足りねぇ」

信長はタブレットの画面をスワイプした。

赤字で埋め尽くされた絶望のグラフが映し出される。

「俺たちの現在地(GPS)は、システム上、毎日1回必ず敵のスマホに通知される。これを防ぐ『通知拒否代』だけで1日100万円だ。そこにボッタクリの食費、医療費、弾薬費を足してみろ」

沈黙する隊員たち。

G-SHOCKのバックライトが、信長の険しい顔を照らした。

「何もせず息をしているだけで、あと3日で我が軍は完全に破産する」

その言葉に、歴戦のレンジャー隊員たちが息を呑んだ。

戦場で死ぬ覚悟はできている。だが「金がなくて餓死する」などという訓練は受けていない。敵の銃弾よりも、口座残高の減少が部隊の士気をゴリゴリと削り取っていく。

「中隊長……俺たち、どうすれば……」

絶望に染まる部下たちを見回し、信長はふっと笑みをこぼした。

いつもは冷静なエリート将校。だが、その胸の奥には、かつて暴走族を束ね、海を制した偉大な父親譲りの「狂気」が眠っている。

理不尽な状況に追い込まれ、信長のスイッチが完全に切り替わった。

「わりゃあ、何しんき臭い顔しとるんじゃ」

ドスの利いた広島弁。それが、信長が本気で「反逆」を決意した合図だった。

「M4を置け! 防弾チョッキも脱げ! そんな重てぇもん着とったら、作業の邪魔になるじゃろうが!」

「作業……?」

「今から隣町の夕日町に行く! あそこの地下工場で、時給1万円の自動車組み立ての募集が出とったはずじゃ!」

信長は己の装備を次々と床に叩きつけながら、部下たちに向かって吼えた。

「稼ぐぞお前ら! 俺たちは今から100人の時給1万のフリーターだ! 徹夜でラインに入って、あのクソロシア商人からRPGを買い占めて、SEALsのアメ公どもにぶち込んでやる!!」

最強の兵士たちが、生き残るために選んだのは「銃」ではなく「日雇いバイト」だった。

「いいか、これは戦争じゃねぇ……金で命を奪い合う、最悪の経済ゲームだ!」

かくして、銃声の代わりにシフト表が飛び交う、前代未聞の特別代理戦争の幕が上がった。

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