EP 12
情報ロンダリングと世論工作
「——はぁ!? 一千万の借金じゃと!?」
月陽市の廃ビル。
赤山天人との交渉から帰還した坂上信長の報告を聞き、赤城鷹人が素っ頓狂な裏声を出した。
「中隊長、正気ですか! このままじゃ俺たち、借金取りに追われて夕日町の工場でタダ働きさせられる『奴隷』になっちまいますよ!」
「落ち着け赤城。たしかに1,000万の負債は背負った。だがな、あの『赤山システム』の恐ろしさであり最大の利点は、売買が双方向だってことだ」
信長はニヤリと笑い、タブレットの非公式市場アプリを開いた。
「情報が『商品』になるなら、俺たちも『商品』を作って売ればいい。赤山の野郎のプラットフォームを利用してな」
「商品って……まさか」
優太が察したように目を細める。
信長は頷き、非公式市場の『出品(販売)』項目に、ある情報を入力し始めた。
【出品:陸上自衛隊・新設の地下弾薬庫および中隊長(坂上信長)の巡回ルート】
【情報レベル:確証(赤山システム・真実保証付き)】
【価格:15,000,000円】
「おい中隊長! 自分たちの拠点の情報を敵に売る気か!」
「アホ。バカ正直に本物を売るわけねぇだろ。赤城、お前が作ったダミーの拠点に、空の弾薬箱と通信機を並べろ。優太、お前は医療用パックの豚の血を適当に撒いて『リアルな生活感』を偽装しろ」
信長が命じる。
赤山のシステムで「確証レベル」の保証を得るには、市場の監視カメラやドローンが『それらしい実態』を確認できなければならない。
だが、赤城の神がかった偽装建築と、優太の医学的見地に基づいた「生々しい痕跡」があれば、システムのAIすらも欺くことができる。つまり『情報のロンダリング(資金洗浄)』だ。
数十分後。
出品された偽情報は、赤山システムの厳しい審査を見事にパスし、非公式市場に「確証レベルの高額商品」として掲載された。
「……さあ。あのアメ公の算盤野郎なら、絶対に食いつくはずだ」
同時刻。高級ホテルのスイートルーム(SEALs陣営)。
「——ヨシマサ。赤山の市場に、自衛隊の新しい弾薬庫の座標が出品された」
エリアスが、タブレットを見ながら静かに報告した。
ヨシマサはコーヒーを啜りながら、画面を鋭く睨みつける。
「価格は1,500万。……高いな。だが『確証レベル』のタグが付いている。あの赤山が保証しているなら、情報は本物だ」
ヨシマサの頭の中で、猛烈な速度で算盤が弾かれる。
1,500万を払えば、敵の急所(兵站の心臓部)を確実に物理破壊できる。エリアスに狙撃させれば、自衛隊は完全に干上がる。
「買おう。……これでチェックメイトだ、猿ども」
ヨシマサは購入ボタンをタップした。
口座から1,500万円が引き落とされる。そして、手に入れた座標をエリアスの端末へと転送した。
「頼むぞ、エリアス。……奴らの弾薬庫を、一発の銃弾で火の海にしてやれ」
「了解した。……風は読めている」
エリアスは港湾地区の廃コンテナヤード、その最も高いクレーンの上で、愛銃『McMillan TAC-338』を構えた。
ポリッ、とラムネを噛み砕き、心拍数をゼロへと落とし込む。
だが。
彼がスコープを覗き込もうとした、その瞬間だった。
「——おい!! ここだ!! このクレーンの上に、外国人のテロリストがいるぞ!!」
突如、クレーンの下から、怒れる男たちの怒声が響き渡った。
エリアスがスコープから目を離し、眼下を見下ろすと——そこには、ヘルメットを被った月陽市の『港湾労働者たち(民間人)』が、数十人規模で押し寄せていたのだ。全員がスマートフォンを片手に持ち、エリアスのいるクレーンを指差して激怒している。
「な……っ!?」
感情を殺しているはずのエリアスの目に、明らかな動揺が走った。
「降りてこい! お前らアメリカ兵が、この港湾地区に『地雷』を仕掛けてるって噂は本当か!!」
「俺たちの仕事場を戦場にするな! さっさと出て行け!!」
何が起きているのか。
エリアスには全く理解できなかった。なぜ、民間人が自分の潜伏先を正確に知っているのか? なぜ彼らは、存在もしない『地雷』に怯えて怒り狂っているのか?
「……ヨシマサ! 応答しろ! 港湾労働者の暴徒に取り囲まれた! なぜ俺の場所がバレている!?」
エリアスが無線で叫ぶ。
『な……暴徒だと!? 待て、今システムの状況を確認する……ッ!!』
無線の向こうで、ヨシマサが息を呑む音がした。
『やられた……!! 坂上の野郎、自分の「偽の拠点情報」を俺に1,500万で売りつけやがった! そして、その売上金で赤山への借金を返し、余った500万を使って、市場に【デマ(世論工作)】を流しやがったんだ!!』
ヨシマサの怒号が響く。
信長の買った商品は【港湾地区にアメリカ軍が地雷を設置しているというデマの拡散】。
そして、そのデマに「エリアスの正確な潜伏座標(信長が1,000万で買った情報)」を無料でくっつけて、市民たちにバラ撒いたのだ。
『民間人(市民)に手を出せば、ルール⑦で即失格になる! 撃つなよエリアス! 絶対に撃つな!!』
「……クソッ!!」
エリアスはギリッと奥歯を噛み締め、狙撃銃を背負い直した。
最強の狙撃手『灰色の幽霊』は、一発の銃弾を撃つことも許されず、怒り狂う一般市民のデモ隊から逃げるため、無様な撤退を余儀なくされた。
「ひゃーっはっはっは!! 痛快じゃ!!」
陸自陣営の廃ビル。
赤山のシステムマップ上で、エリアスの光点が港湾地区から慌てて逃走していくのを確認し、信長が腹を抱えて大爆笑していた。
「1,500万で偽情報を売りつけて、借金完済! さらに差額の500万で市民を扇動! アメ公の幽霊を、一発も撃たずに追い出撃してやったぜ!!」
情報ロンダリングと、世論工作。
銃弾の飛び交う戦場で、信長は「市民の怒り(クレーム)」という、この月陽市において最も強力で、最も安い兵器を見事に使いこなしたのだ。
「中隊長。笑っている場合じゃありません。システムから、全体通知が来ました」
優太が、冷や汗を流しながらタブレットの画面を信長に向けた。
そこには、月陽市の市民の怒りが頂点に達したことを示す、最悪のシステム・アラートが点滅していた。
【警告:月陽市民による『特別代理戦争・排斥投票(市民投票)』が開始されました】
兵士の命運を、戦場にいない一般市民の「スマートフォンからの投票」が決定する。
過半数を取られれば、ペナルティとして部隊の人数が強制的に削られる、悪夢のデスゲームの始まりだった。




