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EP 11

非公式市場の支配者

「……振り込み完了だ。これで文句ねぇな」

月陽市の廃ビル、その暗がりの中で坂上信長がタブレットを叩いた。

画面には【非公式市場・月額利用料:1,000,000円を決済しました】という冷徹な通知が踊る。

たった一回のタップで、夕日町の工場で隊員100人が丸一日、油にまみれて稼いだ端金が消し飛んだ。

「通信。システムは繋がったか」

「はい。特殊プロトコルを確認。……月陽市・非公式市場アンダーグラウンド、通称『赤山システム』、ログインしました」

通信兵の声が震える。

その瞬間、彼らのタブレットに表示されるマップが一変した。

今までただの地図だった画面に、無数の「価格」が浮かび上がる。

ビルの売買価格、特定個人のスキャンダルの取引値、そして——。

『噂レベル:米軍SEALsの狙撃ポイント 500,000円』

『確証レベル:エリアス・ソーンの現在地 10,000,000円』

「……じゅ、一千万!? ふざけんな、たった一箇所の座標に一千万だと!?」

赤城鷹人が横から画面を覗き込み、絶叫した。

「それだけじゃねぇ。見ろ、『市民投票権の買収』だの『敵陣営へのデマ広告』だの、全部に値札が付いてやがる……」

これが、赤山天人が設計した「市場」の正体だった。

戦場を情報の売買対象コモディティへと変え、より多くの金を払った者に「真実」を売る。

「……野郎ども、ここで待て。俺が直接、この市場の主に会ってくる」

信長は腰の打刀を強く握りしめ、ビルの外へと歩き出した。

月陽市中央区、地上200メートル。

全面ガラス張りの超高層オフィスタワーの最上階には、風の音すら届かない静寂が支配していた。

完璧に仕立てられたダークスーツに身を包んだ男、赤山天人は、常温のミネラルウォーターを口にし、眼下に広がる夜景を見下ろしていた。

「——入室の許可アクセスは出していませんよ、坂上信長一等陸尉」

背後を振り返ることもなく、赤山が静かに告げた。

入り口の重厚な扉を蹴り開けるようにして入ってきた信長は、泥と返り血が染み付いた迷彩服のまま、大理石の床を軍靴で汚しながら進む。

「……100万払ってやったぞ。挨拶くらいさせろや、月陽市の『王様』」

信長の広島弁が、無機質なオフィスに響く。

「王ではありません。私はただの『調整者フィクサー』です。人々が自分の意思で選び、納得して破滅していくための盤面を整えているに過ぎない」

赤山がゆっくりと振り返った。

その顔には、ミリ単位で調整された「安心感を与えるための微笑」が張り付いている。三島由紀夫の『仮面の告白』を地で行く、徹底的な擬態。

「用件はわかっています。エリアス・ソーンの狙撃ポイントですね」

赤山はテーブルの上に、漆黒の万年筆をコトリと置いた。

「教えろ。あいつの『財布狙撃』のせいで、こっちは一晩で数百万円の損害だ。ここで叩かねぇと、バイト代をあいつに献上し続けることになる」

「いいでしょう。ですが、先ほどシステムで確認された通り、確証レベルの情報は一千万円です。今のあなた方の残金では、支払えば明日の朝食も、M4の弾一発も買えなくなりますよ?」

赤山は、信長の「葛藤」をサンプリングするように観察している。

情報を買って敵を叩くか。それとも、金を温存して狙撃に耐え忍ぶか。

「……選ばせてなどいない。あなたがそれを『自分の意思で選んだ』と思い込むよう、私はあらかじめ盤面を整えただけだ」

「……何が盤面だ。カッコいいこと言いやがって」

信長が赤山の眼前に詰め寄る。

「お前は、この街で人間が死ぬのを、ただのデータとして見てるだけじゃろうが。優太や赤城、俺の部下たちがどれだけ必死に泥水すすって生きとるか、お前には解らんのか!」

「ええ、理解できませんね」

赤山は平然と言い放った。

「私の中に、他者の痛みと同期する機能は備わっていない。太宰治の言う『人間失格』とは、私のためにある言葉だ」

赤山は無機質な瞳で信長を見つめ、静かに万年筆を差し出した。

「さあ、サインを。一千万円の負債ローン契約でも構いませんよ。その代わり、エリアス・ソーンの潜伏先だけでなく、彼が次に狙う『自衛隊側の高額装備』のリストもセットで提供しましょう」

「……負債ローンだと?」

「ええ。返済が滞れば、あなたの部下を一人ずつ、非公式市場の『労働力(奴隷)』として売り払う権利を頂きますが」

信長の拳が震える。

目の前にいるのは、銃を持ったSEALsよりも遥かに恐ろしい「怪物」だ。

だが、エリアスを止めなければ、部隊は確実に経済的に死ぬ。

信長は赤山の漆黒の万年筆をひったくると、血の署名が記された契約書に、乱暴にサインを書き込んだ。

「……利息も含めて、まとめて払ってやるよ。その代わり、情報の精度が1ミリでも狂ってたら……このビルごと、赤城の爆薬で木っ端微塵にしてやるけぇの」

「期待していますよ、坂上さん。人間の『必死な足掻き』は、市場を活性化させますから」

赤山が微笑んだ瞬間、信長のタブレットに一つの座標が転送された。

月陽市の港湾地区、廃コンテナヤードのクレーン最上部。

「——優太、赤城、聞こえるか」

信長はオフィスを出ながら、無線に吼えた。

「『幽霊』の居場所を突き止めた。今から全資金を賭けた、最大最強の『借金返済カウンター』を開始する!」

自衛隊陣営は、破産寸前の博打に打って出た。

情報の主、赤山天人が冷徹に見下ろす中、25歳の兵士たちはついに「死神」との直接対決へと突き進む。

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