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第70話「血と記録」

大広間の空気は、鉄と泥の衝突で震えていた。

王の大剣は振り下ろされるたびに雷鳴を生み、ノイルの泥槍は形を変えてはその衝撃を受け止め、絡め、呑み込む。


「王権とは血脈! 血を継がぬ者に王座は許されぬ!」

王の咆哮が響く。


ノイルは槍をしならせ、返す声を放つ。

「ならば問おう――血で消された名はどうなる? 血が流した血は、誰が証明する?」


言葉はぶつかり合う刃と同じ鋭さを帯び、広間の壁を震わせた。


---


王の剣が横薙ぎに振るわれる。

ノイルは全身を液状に変え、刃を透過させる。

だが次の瞬間、背後に泥が隆起し、そこに“もう一つの顔”が開いた。


声を持たぬその顔が、王の眼を射抜く。

わずかに剣の動きが止まる。


その隙を突き、ノイルは剣を体内に絡め取り、反転させて押し返した。

「ッ……!」

王の鎧に新たな裂け目が走り、赤が滴る。


だが王は怯まない。

「血がすべてだ! 記録など紙に刻まれた幻にすぎん!」


---


ノイルは踏み込む。

足音の代わりに、滴が床を濡らし、振動を拾う。

王の鼓動。血の流れ。筋肉の収縮。

全てが、次の動きを語っていた。


「幻だと? ならば、俺は“幻を喰らう者”だ」


泥の体から無数の糸が伸びる。

その一本が王の傷口に触れた瞬間、血が吸い取られる。


(……見えた)


王の血に刻まれた“記録”。

王位を守るための命令。

「セレフィーネを消せ」

「レオンを封じろ」

「王座は血のもの」


その命令の鎖が、ノイルの中に流れ込む。


---


「やめろぉぉぉ!!!」

王の咆哮が広間を震わせる。

大剣が振り下ろされ、柱が砕け、瓦礫が飛び散る。


だがノイルは退かない。

血を吸い、記録を掴んだ今、王の刃は“過去の声”として読める。

泥の膜で受け流し、槍で反転させ、波紋のように打ち返す。


---


ガロスはその光景を見守っていた。

「……殿下……」


目の前で戦うのは泥の怪物。

だがその声、その姿の断片、その執念は――かつての姫のものだった。

(セレフィーネ様……いや、ヌル……お前は……)


胸に浮かぶのは、誇りと畏怖の入り混じった感情だった。


---


王とノイルの武器が、再び正面から激突する。

火花が走り、床が裂ける。


ノイルは叫んだ。

「血が歴史を作るなら――記録は未来を繋ぐ!」


王が応じる。

「未来など、血で選ばれる!」


爆ぜる衝撃。

広間全体が震え、瓦礫が崩れ落ちる。


その均衡が――ついに、崩れ始めていた。


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