↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
70/75

第69話「王と泥」

大広間を震わせる咆哮とともに、王の大剣が振り下ろされた。

刃は空気を裂き、石床に雷のような衝撃を刻む。

砕けた破片が飛び散り、火花が散るたびに、王の瞳は紅く燃え上がった。


「王権とは血脈だ。泥風情が抗えるものではない!」


ノイルは後退しない。

泥の腕を伸ばし、槍のように尖らせて迎え撃つ。

鋼と泥が衝突し、震動が全身を駆け抜ける。

槍の穂先は砕かれたが、その衝撃を飲み込むようにノイルの体は波紋を広げた。


(力の差は明らか……ならば、読み取る)


床に滴を落とす。

泥が瞬く間に広がり、王の足音、心臓の鼓動、呼吸のリズムを拾い上げる。

大剣の軌道が、次にどの角度で振られるか――予測が形になる。


---


「舐めるな!」

王の剣が横薙ぎに振るわれる。

だがノイルは体を半ば液状にし、刃を通り抜けた。


刹那、王の目が驚きに細められる。

後頭部から膨れ上がった泥が隆起し、そこにもう一つの“顔”が開いた。

無表情の、声を持たぬ顔。


「な……!」

王の腕がわずかに止まる。


その隙を逃さず、ノイルの腕が鞭のようにしなり、剣を絡め取った。

刃が泥に沈み込む。

だが沈んだままの剣が、ノイルの腕の中から突如として生え出す。

角度を反転させ、王の胸を狙う。


「ぐっ……!」

王は辛うじて体をひねり、鎧で受け流した。

鉄の甲冑が裂け、赤が滲む。


---


「泥の怪物め……!」

王は血を拭うことなく、再び剣を構えた。

だがその顔には、初めて恐怖の影が浮かんでいた。


ノイルは一歩前に出る。

「血で刻む王か。ならば、私は“記録で刻む王”になる」


その声はセレフィーネの声色を混ぜた響きだった。

王の眉がわずかに震える。


「消したはずの名を……まだ背負うというのか!」


「消しても、記録は残る。

食らった者たちの声は、私の中で息づいている」


---


泥の膜が広間いっぱいに広がる。

王の鎧の隙間から滲む血を、その膜がわずかに吸い取った。


(……見えた。あの男の過去――血の記録)


王の脳裏に焼きついた命令の連鎖。

「セレフィーネを消せ」

「レオンを封じろ」

「血こそが絶対」


その全てが、血を通じてノイルに流れ込んでいく。


「黙れぇぇぇぇッ!!!」

王が咆哮とともに大剣を振る。

刃は泥を裂き、壁を割り、天井を揺るがした。


だがノイルはもう退かない。

泥の体を回転させ、剣を受け流し、絡め、反転させる。

互いの武器が、己の肉体の一部となってぶつかり合う。


---


炎と雷鳴のような戦いの中、ガロスは血に濡れた床に膝をつきながら見ていた。


(……殿下……この者が、本当に……)


彼の脳裏には、幼いセレフィーネの笑顔と、ノイルの声が重なる。

剣士の胸に、かすかな確信が芽生えた。


---


「王よ」

ノイルが叫んだ。

「血ではなく――記録こそが未来を繋ぐ!」


王の大剣と、ノイルの泥槍が正面から激突する。

爆ぜた衝撃が広間を揺らし、柱を裂き、光を弾けさせた。


勝負の均衡が――いま、崩れようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。