第69話「王と泥」
大広間を震わせる咆哮とともに、王の大剣が振り下ろされた。
刃は空気を裂き、石床に雷のような衝撃を刻む。
砕けた破片が飛び散り、火花が散るたびに、王の瞳は紅く燃え上がった。
「王権とは血脈だ。泥風情が抗えるものではない!」
ノイルは後退しない。
泥の腕を伸ばし、槍のように尖らせて迎え撃つ。
鋼と泥が衝突し、震動が全身を駆け抜ける。
槍の穂先は砕かれたが、その衝撃を飲み込むようにノイルの体は波紋を広げた。
(力の差は明らか……ならば、読み取る)
床に滴を落とす。
泥が瞬く間に広がり、王の足音、心臓の鼓動、呼吸のリズムを拾い上げる。
大剣の軌道が、次にどの角度で振られるか――予測が形になる。
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「舐めるな!」
王の剣が横薙ぎに振るわれる。
だがノイルは体を半ば液状にし、刃を通り抜けた。
刹那、王の目が驚きに細められる。
後頭部から膨れ上がった泥が隆起し、そこにもう一つの“顔”が開いた。
無表情の、声を持たぬ顔。
「な……!」
王の腕がわずかに止まる。
その隙を逃さず、ノイルの腕が鞭のようにしなり、剣を絡め取った。
刃が泥に沈み込む。
だが沈んだままの剣が、ノイルの腕の中から突如として生え出す。
角度を反転させ、王の胸を狙う。
「ぐっ……!」
王は辛うじて体をひねり、鎧で受け流した。
鉄の甲冑が裂け、赤が滲む。
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「泥の怪物め……!」
王は血を拭うことなく、再び剣を構えた。
だがその顔には、初めて恐怖の影が浮かんでいた。
ノイルは一歩前に出る。
「血で刻む王か。ならば、私は“記録で刻む王”になる」
その声はセレフィーネの声色を混ぜた響きだった。
王の眉がわずかに震える。
「消したはずの名を……まだ背負うというのか!」
「消しても、記録は残る。
食らった者たちの声は、私の中で息づいている」
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泥の膜が広間いっぱいに広がる。
王の鎧の隙間から滲む血を、その膜がわずかに吸い取った。
(……見えた。あの男の過去――血の記録)
王の脳裏に焼きついた命令の連鎖。
「セレフィーネを消せ」
「レオンを封じろ」
「血こそが絶対」
その全てが、血を通じてノイルに流れ込んでいく。
「黙れぇぇぇぇッ!!!」
王が咆哮とともに大剣を振る。
刃は泥を裂き、壁を割り、天井を揺るがした。
だがノイルはもう退かない。
泥の体を回転させ、剣を受け流し、絡め、反転させる。
互いの武器が、己の肉体の一部となってぶつかり合う。
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炎と雷鳴のような戦いの中、ガロスは血に濡れた床に膝をつきながら見ていた。
(……殿下……この者が、本当に……)
彼の脳裏には、幼いセレフィーネの笑顔と、ノイルの声が重なる。
剣士の胸に、かすかな確信が芽生えた。
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「王よ」
ノイルが叫んだ。
「血ではなく――記録こそが未来を繋ぐ!」
王の大剣と、ノイルの泥槍が正面から激突する。
爆ぜた衝撃が広間を揺らし、柱を裂き、光を弾けさせた。
勝負の均衡が――いま、崩れようとしていた。




