第63話「血の記録」
大剣が石床を抉り、火花が散った。
ノイルの泥の腕は切り裂かれるが、すぐに形を戻す。
そのたびに飛び散った滴が床に落ち、音もなく這い、隊長の足元へ網のように広がっていく。
「何を……してやがる」
隊長が低く唸る。
ノイルは答えず、ただ微笑む。
「聞かなくていい。お前の血が答えている」
その瞬間、背中から伸びた針が隊長の肩を刺した。
血が滲み、赤が泥に吸われる。
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視界が揺らぐ。
ノイルの中に、別の景色が流れ込んできた。
――王城の暗い廊下。
――玉座の影に立つ王の姿。
――命令を告げる声。
「セレフィーネを、消せ」
冷たい声。
そして、その命令を受け取る白鴉たち。
彼らは感情を持たない兵器のように頷き、ただ一斉に去っていった。
(……やはり、王か)
ノイルは拳を握った。
だが、その声の端に――別の響きが混じっていた。
「……ルシウスも、カイルも、いずれは」
二人の王子の名。
両者を“試す”ように語られる響き。
命令の裏に潜むのは、父としての情か、あるいはただの“処理”か。
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「俺たちは……命令を遂行しただけだ」
目の前の隊長が呻き、剣を振り上げる。
その瞳には怒りでも憎しみでもなく、ただ“従う者”の光しかなかった。
「命令に縛られて……それで満足か」
ノイルの声は冷ややかだった。
泥の糸が床から立ち上がり、隊長の脚を絡め取る。
動きを封じ、その胸元へ槍のような腕を突き込む。
「ッ……!」
鋼が砕ける音。大剣が床に落ち、隊長は呻き声を上げて膝をついた。
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ノイルはその額に掌を当てた。
血と記録の震えが、さらに深く流れ込んでくる。
――白鴉の誓約。
――消された者たちの名簿。
――“白鴉の間”に収められた無数の印。
(……全部、繋がった)
「お前の命令主は、王だ。だが、それを証明するのは俺の役目だ」
隊長の瞳が揺れる。
最後にわずかな“人”の光が宿ったように見えた。
だが、すぐにその瞳は閉じられた。
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ノイルは静かに立ち上がった。
泥の手には、隊長の“血の記録”が脈打つように残されている。
「これで……一歩近づいた」
背後でガロスが剣を拭い、ザランディーンが肩をすくめた。
「王の影を踏んじまったな。もう後戻りはできん」
「最初から、戻る気はない」
広間に沈黙が落ちた。
だがその沈黙は、次の嵐を告げる合図にすぎなかった。




