第64話「玉座への階段」
王都の中心、王城。
その石壁は夜気に沈み、月明かりに白銀の縁を浮かべていた。
外から見れば静謐だが、内部には鉄と血の気配が澱んでいる。
ノイルたちは、城の下層から伸びる封鎖通路を抜け、上層へ向かう階段の前に立っていた。
その名も「玉座への階段」。
王へと至る者のみに許された道であり、同時に最も多くの血が流された場所でもある。
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「……ここから先は、俺の記憶にも残っておらん」
ガロスが低く言った。
「近衛だった頃ですら、玉座階への立ち入りは限られていた。陛下直々の召喚がなければ、一歩も踏み込めぬ」
「だが今は、違う」
ザランディーンが壁の装飾を撫で、にやりと笑う。
「白鴉の血を持ち帰った。扉は“開かれる”」
ノイルは頷いた。
泥の掌に残るのは、先の戦いで奪った白鴉隊長の血――そこに刻まれた“記録”。
階段の入口に刻まれた紋章が、その血に呼応して微かに震え、石の扉が軋んで開いた。
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階段は狭く、急だった。
踏み込むたび、靴音が深い井戸の底へ響くように反響する。
壁には松明ひとつなく、ただ石に埋め込まれた燐光の模様が道を照らしていた。
模様は生き物のように脈打ち、侵入者を見張る目のように光る。
(この階段そのものが、“試練”か)
ノイルはそう感じた。
進むごとに重圧が強まる。
血の記録が背後から呼びかけるかのように、幾度も囁きが耳を掠めた。
――王命に従え。
――記録に縛られよ。
――汝は無に還れ。
ノイルは笑った。
「無から始まった存在が、無に帰ることを恐れると思うか」
泥の体が震え、圧を飲み込み、前へ進む。
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中腹に至ったとき、不意に壁から影が剥がれ落ちた。
黒い羽根を背負う兵たち――白鴉の残党だった。
目には感情がなく、ただ命令のままに槍を構える。
「ここで止めるつもりか」
ガロスが剣を抜き、低く唸る。
「……だが、通す!」
剣戟が弾けた。
老騎士の一閃は未だ鋭く、白鴉の槍を弾き飛ばす。
ザランディーンは背後で小さな帳面を開き、符号を囁いた。
記録に干渉する術。槍を握る兵の手が震え、一瞬だけ空白のように動きを止める。
ノイルはその隙に前へ出た。
床に広がる影が波打ち、兵たちの脚を掴む。
「……通してもらう」
泥の糸が兵を絡め、血を吸い、記録を読み取る。
彼らの瞳から光が消え、ただ倒れていった。
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戦いの余韻が去ると、階段は再び沈黙を取り戻す。
だが、その沈黙は先ほどよりも重い。
空気が濃く、階上からは微かな“声”が落ちてくる。
「来たか……泥の王女よ」
低く、威厳を帯びた声。
それは間違いなく、王のものだった。
ノイルは顔を上げた。
階段の上に、光がひとすじ落ちている。
その先に待つのは、命令を下した存在。
「玉座へ――行こう」
ノイルは足を踏み出した。
背後にはガロスとザランディーン。
三人の影が重なり、玉座への階段をゆっくりと登っていく。




