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ダンジョンのカギ貸します!  作者: サイミ・ヨージ
第2章 「ダンジョンはじめました」
12/15

占有③

・・・。



『N田シティホテル』は当初国道沿いに位地するラブホテルとしてスタートした宿泊施設だった。



しかし都心部へいく交通の要所として奇妙にも人気があがり、増え行く宿泊客にあわせて部屋を増設して洗練されていった。



あとから追加がなされたせいで建物の外観は段を描いていて、いつしか近隣で古代文明の建物に似てるとの声があがりはじめた。



口の悪い子供たちは『インカホテル』と呼び始めた。



経営側もその『悪のり』につきあったところもあり、改名して今では『N田インカホテル』と名乗っている。



その『インカホテル』六階に宿泊客の為に急造されたバーがある。



名前は『BARビラコチャ』といい、よく宿泊客や近隣の住人でにぎわっていた。



資本が充実した改名後に作られたせいか、内装は見事なもので、まず目に付くのが一枚板ならぬ、一枚石でできたカウンター。



店の間仕切りいっぱいに厚さ20センチの巨大な石版をおいてカウンターとしている。



石の材質は御影石で、触るとすこしひんやりする。



そしてカウンターだけではなく、店の内装はすべてが石でうめつくされていた。



玄武岩から大理石、大谷石までありとあらゆる石がインカの彫刻をほどこされ棚から床まで飾っている。



オーナー曰く、インカは石の文明だからだそうだ。



さて、今夜、その石のカウンターに座り、石の神殿でバーボンを飲んでいる女がいた。



女は先ほどからその美貌のせいでいやおうなく周囲の好奇心を刺激していた。



「マスター、バーボンを頼む」



女が飲み干すタイミングを計っていたように四つ程席の離れた男がバーボンを頼むとそのグラスを女の方へ振った。



すこし年配な男は泊まり客だろうか、上等な服を着て、自信にあふれ、どこか仕草も手慣れていた。



大理石のカウンターをなめらかにすべり、コップは女の手元に来た。不意に顔をあげる女に男は言った。



「これ、君に」



女は少し考えたあと一口で飲み干すとそのまますべらせて男に返した。



「ごめんだけど。私、人を待っているの」



「あっ、えっちょっと話だけでも」



無様にも地金をむき出して近づく男の肩を不意に現れた影が掴む。



「ホンマごめんなー先約はいっとんすわー」



小太りの体にぼさぼさ頭、汚いエグザイル、サキシマだった。



「ハニーおまたせ」



「誰がハニーですか」



セラはあきれた顔で返した。



「わりいわりい、待たせたね こっちもちょっとね大変だってね・・・親父、生中一つ」



そうといいながらサキシマはセラのとなりに座った。



「まあ、いいわ、はい」



セラは隣のイスに置いていた鞄を抱き上げると、中から封筒を取り出しサキシマに渡した。



封筒の中身は履歴書で、サキシマは取り出して眺めると突然素っ頓狂な声を出した。



「えっこれイソメ? あの糸目のイソメ!?」



「経歴が一致するわ・・・まず間違いないわ」



「うはッあの『初代莫高窟踏破メンバー』の?」



サキシマの大声につられて周囲の客が話を止めて二人を見ているが、かまわずサキシマは続けた。

 


どうせ素人にわかる話ではない。



サキシマの声にも身動き一つしなかったマスターは脇の客のリクエストに従ってシェイカーを振り、『サイドカー』を作っている。



今や夜は深まり、カウンターの奥に備え付けられた置き時計の針は夜、十時を指していた。



「いやーまさか日本に帰ってきていたとは・・・」



サキシマは改めて履歴書の写真の中に写っているイソメの顔を見ていた。



イソメは写真の中でどこかぎこちない顔をしている。



「あの話本当なのかな『マンティコア』相手に『腹腹時計』仕込みの鉄パイプ爆弾で挑んだって話」



「ほんと無茶苦茶よね」



「結局、イソメが抜けた後、あのメンバー、次の『富士の風穴』で『総括』しあって全滅したって話だもんな」



「そういう場所とはいえ・・・あれは酷い事件でしたね」



セラはうつむくとバーボンをあおった。



・・・。



・・・『風穴ベース事件』



ダンジョンに関わる者なら全員が知っている事件だ。



当時、全国の大学探検部や登山部などをルーツにする学生運動団体、『全国地下主義者同盟』が発足する。



その通称、『全地同』はダンジョン埋設遺構を調査、活用することによって、紛争、食料問題が解決できると世間に提唱し、実際に全国のダンジョンで潜行運動を始めた。



そして彼らは実際、当時危険で攻略不可能と恐れられたC国の莫高窟にて誰一人メンバーに死者をだすことなく無事攻略を果たし、持ち帰った沢山の埋蔵物を世に知らしめることに成功した。



この時が『全地同』の活動が地下関係者に一躍知れ渡り、リーダーである糸目のイソメが世に出た瞬間でもあった。



しかし、奇妙なことにリーダーである糸目のイソメは当初の本番とされた次のダンジョン、『富士の風穴』攻略を前にしてチームを脱退、C国にそのまま隠遁してしまう。



活動資金の関係や団体としてのメンツもあってだろうか『全地同』のメンバー達は隊の再編成をせずにすぐ、『風穴ベース』、後の『富士の風穴』に挑むことになった。



そして消息をたった・・・。



結果、資金と世間の支持を失った『全地同』は責任追及や内紛で解散。



ダンジョンにおける学生運動が終焉するきっかけとなった。



彼らの『風穴』における悲惨な潜行実態は、それから五年後、『選ばれし者・スタイル』で『9アビス』を次々攻略した『マツザカ・ミトラ』によって明らかになった・・・



ミカゲ文庫 ウラジロ・カズオ著 『ダンジョンと学生運動』より抜粋



・・・。



「世界の不均等を解消しようとしていた者達がお互いの小さな差異を拡大して殺し合った様は愚かというほかにないわ」



セラはコップをもちあげた手を止めると憂いを帯びたまなざしで揺れる琥珀色の液体を眺めている。



「まあつまり、人間、欲望とは離れてはいけないってことやな」



サキシマはいつになく神妙な顔でその横顔を見ていたが、にやりと笑うと右手を大きく回してセラの肩を抱こうとした。



セラは素早く身をそらしてかわすと、伸ばされた指をつかみ、逆方向にねじあげた。



「痛ったっあった!」



「おろかな・・・」



セラは酒の酔いも手伝ってか、紅潮した顔に蔑む表情をうかべてそのまま指をひねりしぼる。



「ちょっと、たんまたんま!」



たまらずサキシマは指にひきずられるようにその場で寝転んだ。



その様子に満足したのか、セラは絞り上げていた指を離した。



「たわむれは終わりです・・・それよりもそちらは、どうでしたか」



「いてて・・・」



サキシマはセラの暴力から解放された指をなでながら言った。



「あん・・・大体解るだろ・・・交渉決裂。無理無理、とりつくしまもない」



痛みを飛ばすようにサキシマはグラスに半分残っていたビールをそのままあおるように飲み干した。



・・・。



サキシマが『例のダンジョン』に向かったのはセラ達が向かってから一週間後のことだった。



ダンジョン周辺はあいかわらず人気がなく、セラに聞いていた様子とあまり違いがなかった。



これは相手側の硬直した態度をおそれていたサキシマには朗報だった。



「すみませーん」



こういうのはかしこまるとかえってよろしくない。



サキシマがわざと明るい声を出して、ひょうひょうと洞窟の中に入っていくと、下の階で作業をしている老人に出くわした。



「・・・こないだ来た奴の手のものか」



ハルヤマ・イゾウはサキシマを一瞥すると作業する手も止めず、うんざりした表情で言い放った。



「フヒー、そうです」



ここは正直になったほうがいいとサキシマは判断して、名乗ることにした。



「ミカゲエステートの代理できました、サキシマと申しま・・・」



「帰れ」



サキシマの自己紹介を途中で切り絶つように一言、イゾウは返した。



イゾウはサキシマを見ることもなく、せわしなく手を動かしながら酒造りで使ったのかタライなどの容器を洗っている。



「いやいや、今日はお金の話をですね」



サキシマは努めてやわらかく、猫なで声をかけた。



「なにが金だ、ミカゲのくそどもめ、貴様らのやりくちは知っておるわい」



イゾウは吐き捨てるといつしか背中から殺気を発していた。



「本当に帰らんと力尽くで追い出すぞ」



「へえ、力尽くですか・・・こう見えてボクも力には少し自信があるんですけどね・・・」



「ほう、ほざきおったな・・・」



イゾウは振り向くと、奥でサキシマをにらみつけている若い男に声をかけた。



「おいケンジ!『包丁』もってこい」



包丁というイゾウの呼びかけにもかかわらず、若い男がもってきたのは刃渡り90センチほどの刀剣と呼ぶ方がふさわしい『業物』だった。



「包・・・丁・・・?」



サキシマは目の前で鈍い光を放ち、ぎらついている刃物に驚いた。



「ちょとまて、ちょとまて、おじいさん、そ・・・それなんですのん、包丁ちゃうでしょ」



「マグロ包丁でさあ」



そういうとイゾウはじりじりとサキシマとの距離を詰め始めた。



「ちょっとまて、ちょっとまって・・・」



サキシマは堪らず、手をあげてイゾウを制した。



・・・。



「・・・てざまさ」



サキシマはカウンターに肘をかけてセラに向き直ると、肩をすくめてみせた。



「あきれた、それで逃げ帰ってきたんだ」



「あたりまえだろ、あのままやっていたら死人がでたぞ」



いいわけをしながらサキシマは自分の革鞄をたぐり寄せると、中からB4大の紙を一枚とりだした。



セラが受け取るとそれはイゾウの過去の情報で、『事件』『逮捕』『前科』などの物騒な文字が躍る間に、『卜人流抜刀術』などという文字があった。



「あとで調べたんだが、あのじいさん相当な居合いの達人らしくてな・・・」



サキシマはハルヤマの足取りを追って、首都の街を歩く内に、かつて彼を知るという人物に出会った。



若かりし頃、彼と同じ道場で汗を流したというキソ・タイスケはサキシマがハルヤマの写真を見せると、



「おう、イの字だなあ」



と会う人に厳しい印象を残す顔をゆがめて子供のような声で笑った。



キソによるとイゾウは弟弟子に当たるらしい。



「それはそれは、わしらはよく戦ったもんじゃった・・・あのころはまあ五分五分ぐらいだったかの」



遠い目をしながらかつて都警最強の剣客と恐れられたキソが語る過去の思いでは彼の甘い感傷とはうらはらにサキシマを深い戦慄の谷に落とし込んだ。



「『都警の剣鬼』と五分五分って・・・さすがのイソメでもちょっとヤバイんじゃないか・・・」



「さあ、・・・そのときはそのときです。まあ手並み拝見とすることにいたしましょう」



セラは手に持った資料をそのまま自分の鞄にしまいこんだ。



「まあ俺からの報告はこんなもんかな・・・、あとは?」



「特に無いですわね」



「そうか」



というとサキシマは不意に椅子を横にすべらせ、セラに体を寄せた。



・・・。



「なあセラ、・・・ここまでの仕事の報酬をもらいたいんだけどな」



「あら、請求書をもらってから後で払うと言ったでしょ」



セラは気にする様子も無く鞄を引き寄せ帰る準備をしている。



「・・・おいおい、解っているだろう・・・金なら俺もある・・・、それより・・・」



サキシマはそういうとさらにセラに体を寄せ、丸っこい指でセラの尖ったあごをそっと包み込むように押さえた。



いつになく真剣なサキシマの視線がセラを真っ直ぐに射貫いている。



セラはすこし驚いたような表情を浮かべると何かに気づいたのか、ほほを染め、困ったような表情をして目を逸らした。



「部屋をとっているんだ・・・チチェンイッツアみたいな部屋。見たくないか」



「うーん・・・」



かまわずサキシマはセラをだきすくめ、彼女の耳元に口を寄せて囁く。



「な、いいじゃないの」



「だめよ、だめだめ・・・・」



・・・。



・・・。



「いいじゃ・・・ないの・・・」



時刻は深夜を完全にまわり、照明がつけられて明るくなった店内にはセラとサキシマしか客はいなかった。



サキシマはカウンターに突っ伏し、泥酔しているのかよだれを垂れながらなにかをうめいている。



「お勘定」



セラは身支度を終え、そんなサキシマを一瞥すると冷たく言い放った。



「さすがにセイレーンの粉を混ぜたのはやりすぎだったんじゃないでしょうかね」



心配そうな表情でバーのマスターは寝入るというよりは昏睡という表現がふさわしいようなサキシマを見ている。



「いいのよ、コイツは丈夫だからこれくらいかまさないと・・・」



セラはそううそぶくと勝手にサキシマの鞄を漁り財布を取り出した。



使い込まれた革財布は黒色で札でパンパンに膨らんでいる。



目測でも三十枚以上ありそうだ。



「あら、コイツまた悪いことをして稼いでいるのかしらね」



そういうとセラは財布ごとマスターに放り投げた。



「迷惑かけたわね。お勘定と手間賃、好きなだけそこから取るといいわ」



「そんな・・・」



もじもじしているマスターを尻目にセラは立ち上がった。



酔いを感じさせない動作でくるりときびすをかえすと、サキシマをそのままに店外へと出て行った。



「ありがとうございまーす」



やる気の無いマスターの声がセラの背にかけられた。



・・・。

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