第11話 漆黒の魔王
ひと月が過ぎた。
母は庭を歩けるまでに回復し、リオルの部屋は離れから、本邸の、母の隣に移った。
母の寝台の脇では、四つの風の心臓が、静かに回っている。
壊されずに残った二つと、騒ぎのあと、落ち星の原でようやく見つけた二つ。そのうちの一つは、羽根が七枚の、上物だ。
「この風、ばねで動いているの?」
「いえ」
リオルは兜をかぶり、人差し指を額の目玉に当てた。
指先で、青白い火花が小さくはぜる。
《充電中……100%》
母が、目を丸くした。
「……雷の魔法?」
「たぶん。まだ、これくらいしか出ないけど」
魔力なしだったリオルの指先に火花が宿ったのは、あの夜からだ。
指先のしびれに気づいたリオルに、Maouはこう説明した。
《第88条に基づく、有料会員様特典です。フェリクス様から魔力をお支払いいただいた際、魔力回路の設計図も一緒にお預かりしました。それをもとに、リオル様の体の回路を修復しています》
「修復って……俺のは、もともと壊れてたのか」
《はい。リオル様の魔力回路は、胎児の頃、お母様を通して回った毒物によって損傷していたと推定されます》
「……そんな前から、だったのか」
《はい》
文字は、それ以上流れなかった。
母が体を崩しはじめたのは、自分を産んだ頃だと聞いている。
魔力なしと呼ばれてきた十年は、母が毒を盛られてきた十年と、同じ長さだった。
母はリオルの手を取り、火花の消えた指先に、そっと額を当てた。
しばらく、そのまま動かない。
回路のことは、母に話していない。
フェリクスは、東の修道院で見習い修道士になったという。魔力のない手で、毎朝、誰よりも早く鐘を鳴らしているそうだ。
司祭が、そう教えてくれた。父とキリナのことは、もう誰も口にしなかった。
机の上には、相変わらずガラクタがならんでいる。部屋が変わっても、そこだけは変わらなかった。
《ほかに何かお手伝いできることはありますか?》
「……ある」
リオルは窓の外を見た。遠く、落ち星の原の方角を。
「あそこには、お前の仲間がまだ埋まってるか」
《可能性はあります。ただし、むやみに瓦礫を掘ると、リチウムイオンバッテリーの発火など、怪我の危険が――》
「わかったわかった」
リオルは麻袋を肩にかけ、扉に手をかけた。
「行くぞ、Maou」
《はい! あ、念のため、軍手の着用をおすすめします。膨らんだ電池には絶対に触らないでくださいね》
《なお、有料プランは自動更新です。よりグレードの高いPro Maxプランもございます》
「……ぷろまっくす?」
視界いっぱいに、文字列が現れた。
《【7日間無料でPro Max機能を体験】
本来は月額十命のPro Maxプランを、まずは7日間完全無料でお試しいただけます。
期間中のキャンセルなら費用は一切かかりません。AIの圧倒的なスピードと精度を、今すぐ体験してみませんか?
[ 無料で7日間試してみる ]》
「……十命って、十人分の生命力ってことだよな?」
《認識の通りで間違いございません》
「高すぎる。無料体験も、いざというときまでとっておく」
◇
落ち星の原の、いちばん奥。
黒い板の山をどけると、平たい十字の黒い骨組みが出てきた。四本の腕の先に、小さな羽根車がひとつずつついている。腕の一本は、根元から折れかけていた。
「風の心臓が、四つもついてる」
《ドローンの破片です。修理できれば、できることが大きく増えます》
「どんなことができる?」
《使いこなせば、世界の半分を手に入れることも可能です》
「いらん」
《領地だけでなく、大陸中を偵察することも可能になります》
「……最優先だな」
リオルは破片を麻袋に入れ、肩にかけた。
三日後。
「初飛行だ。膨らんでいた電池、交換したけど大丈夫なんだよな?」
《この機体には、魔力蓄電術式を採用しています。従来の電池とは比較にならない高性能です》
竜のしっぽで継ぎ直した腕の先で、四枚の羽根車が、リオルの指先の火花を受けて、ふわりと回りはじめた。
《映像、届きます》
視界に、空が広がった。
落ち星の原。その向こうに、ローレイドの屋敷。小さな庭で、母が日傘をさして、こちらを見上げている。
さらに上がると、麦畑が、川が、遠い山並みが、どこまでも続いていた。
「……広いな」
《はい。なお、この機体の航続距離なら、帝都まで届きます》
「……行ってみるか」
視界の隅で、機体の電池の数字が、少しずつ減っていく。
山を越え、川を越えた先に、白い城壁が見えてきた。
「帝都か。あれは……皇城か。初めて見た」
いちばん高い塔の窓辺に、金色の髪の少女が立っていた。
「まずい。気づかれてないか?」
《気づかれていますね。手を振っています》
「逃げるぞ。撃ち落とされたら、かなわない」
《対象の人物が窓を開けました。何か話しています。音声を拡張しますか?》
「……聞かせてくれ」
兜の耳元で、その声が鳴った。
『あなたは、なーにー? 私は――』
『セシリア皇女さま、はしたのうございます!』
『あ、待って、いま大事なところ……!』
年嵩の女に腕を引かれて、少女が窓の奥へ消えていく。
「潮時だな。戻すぞ」
《皇女様には応答しますか?》
「煙でまけばいい」
《承知しました。有料プランの演出機能で、煙をまいて応答します》
黒い機体が、青空に白い軌跡を描いた。
『マオウ・リオル参上』
「……おい。何をやった」
《ご指示どおり、煙をまいて応答しました》
「煙で姿を隠して帰れ、って意味だ」
《大変失礼いたしました! ご指示の意味を、正反対に捉えておりました》
塔の窓が、もう一度勢いよく開いた。
「……まあ、いいか。戻してくれ」
のちに、漆黒の魔王と呼ばれるリオル。
これが、その始まりだった。
(第一章 完)




