第八話:怨嗟のバックログ
憲兵隊の失態に激怒するバルタザール男爵は、酒場で面潰しに遭った逆恨みから健二へ刺客を放つ。一方の健二はスマホのログで男爵の怪しい動きを検知しており、セリアと共に自滅へ追い込む迎撃を計画する。
憲兵隊が這々の体で撤退した翌日。
バルタザール男爵領の領主館、その重厚な執務室には、ガラスが割れんばかりの怒号が響いていた。
「……不良品だと!? 我が家系が莫大な金を投じて作らせた魔導粉末が、ただの欠陥品だったというのか!」
机を叩きつける男爵の顔は、怒りと屈辱で般若のように歪んでいる。
前夜、酒場から戻った憲兵隊長は、いまだにほんのりと紫色に発光している自分の手を隠しながら、深く頭を下げていた。
「申し訳ございません……。しかし、現に街中の金属があの夜、一斉に反応を示しました。粉末の触媒が経年劣化により、金貨の固有魔術ではなく、金属全般の成分に誤反応を起こしたとしか……」
「黙れ!!」
男爵は手近な銀の置物を憲兵隊長に投げつけた。ガシャーンと鈍い音が響く。
「あの酒場にいた、あの平民の男だ……。あの男が口を開き、エルフの盾に触れた途端にあの異常現象が起きた。偶然にしては出来すぎている!」
「ですが男爵、証拠がございません。あの場にいた平民どもも、あの男の煽りに乗って我が憲兵隊を白い目で見ておりました。これ以上強硬手段に出れば、領民の暴動に繋がりかねず……」
憲兵隊長の正論は、今の男爵の耳にはただの雑音だった。
男爵は、血走った目で窓の外、健二たちが滞在している宿屋のある方角を凝視する。
(証拠などどうでもいい。私の直感が、あの男の、あの小馬鹿にしたようなヘラヘラとした目が『犯人だ』と告げている……!)
プライドをズタズタに引き裂かれた貴族の執念は、執拗で、そして陰湿だ。
男爵は引き出しから、一つの不気味な黒い魔導通信具を取り出した。
「……破産させられるほど甘くはないぞ、薄汚いネズミめ。表の兵が動かせぬなら、裏の『専門職』を雇うまでだ」
男爵の細い指が、通信具の魔力を起動する。
彼の狙いは、健二の暗殺、あるいは身ぐるみを剥いでの拉致。あの酒場での一件以来、男爵の中で健二への猜疑心は、絶対に消えない「怨み」へと変わっていた。
一方、お気楽なエンジニアは……
その頃、健二は宿屋のふかふかのソファに深々と腰掛け、セリアが淹れてくれた最高級のハーブティーをすすっていた。
「あー、やっぱり仕様変更(パッチ適用)の後は、こうしてゆっくりログを眺めるのが一番だな」
手元のスマホ画面には、バルタザール男爵の「警戒度」を示す独自の内部データが表示されている。
酒場の一件以降、男爵の周囲の魔力残量が妙な動き(通信魔術の形跡)を見せているのを、健二のスマホはしっかりと検知(ログ出力)していた。
「男爵のやつ、泳がせておいたら案の定、裏で何か面白いコマンド(悪巧み)を叩き始めたな。破産させたら一発で俺が疑われるから手は出さなかったが……向こうから仕掛けてくるって言うなら、これは『正当防衛』の範囲内(バグ修正)だな?」
「健二様、いかなる害悪プログラムが近づこうとも、私がすべて削除いたします」
セリアが美しい銀髪を揺らし、忠実なバグ取り役として微笑む。
男爵が裏から回してきた「刺客」という名のアナログな脅威。
それを健二がどう迎え撃ち、どうやって「男爵自身の手で自滅」するように仕向けるのか。
30歳エンジニアの、完全なるリスクマネジメントが始まろうとしていた。




