第二十一話:トロイの木馬の起動
闇組織の壊滅報酬で得た資金を使い、健二は最高純度の魔導クリスタルを購入。そこに地球の暗号化プログラム『トロイの木馬』を仕込み、未知の術式が書かれた遺物として王宮の鑑定部へ流し込んだ。
狙いは、中央魔導院の天才ハッカー・エレノア。
健二の技術に並々ならぬ執着を抱く彼女なら、この「未知のソースコード」という餌に必ず食いつく――健二の読みは、完璧に的中しようとしていた。
そうとは知らないエレノアの元に、ついにあのクリスタルが届けられる。
数日後。中央魔導院の最深部、エレノアのプライベート執務室。
「チーフ・アーキテクト、市場で発見された、極めて奇妙な魔導クリスタルです。術式の構成が、従来のどの古代魔法とも異なっておりまして……」
部下の魔導士が差し出してきた白く輝くクリスタルを見て、エレノアは気怠げに頬杖をついた。
「はぁ? どーせどっかの遺跡から出た、ただのゴミでしょ。今の私はあの『Kenji』の術式を解析するので忙しいの……」
そう言いながら、エレノアは何気なくそのクリスタルに触れ、自身の魔力で内部をスキャンした。
その瞬間、彼女の美しい青い瞳が、驚愕でカッと見開かれた。
「な……、何これ……っ!?」
クリスタルの内部で蠢いていたのは、彼女がここ数日、寝食を忘れて追い求めていたあの文字列――完璧に最適化され、無駄な詠唱を一切省いた、あの『Kenji』の概念コードそのものだったのだ。
しかも、そこには前回のDDoS攻撃をさらに洗練させたような、見たこともないほどに美しい「防御術式の設計図」が記述されていた。
「これ……『Kenji』の技術書じゃない……! なんでこんなものが市場に……っ」
エレノアの心臓が激しくドクドクと脈打つ。
罠かもしれない。そんな警戒心は、彼女の「天才ハッカーとしての知的好奇心」によって一瞬で消し飛ばされた。これを解析すれば、あの男の正体に、あの男の技術の根源に触れることができる。
「おじいさまたちには秘密よ! 私が今から、この術式の全構造を解剖してあげる……!」
エレノアは自身の持つ、王宮で最も演算速度の速い『特級魔導盤』にクリスタルを接続した。
そして、彼女が持つ最高位の魔術権限――王都の全インフラと結界を制御できる「第一級管理者刻印」を解放し、クリスタルの深部へとアクセスした。
それが、健二の狙い通りの「完全な致命傷」だった。
エレノアの魔導盤の画面が、突如としてバチバチと激しく明滅し始める。
「え……? 術式が、私の魔力を吸って……逆に、私の『刻印』をコピーしてる……!?」
エレノアが気づいた時には、すでに遅かった。
クリスタルに仕込まれていた『トロイの木馬』プログラムが起動し、エレノアが解放した最高権限を丸ごとハッキング(暗号化して複製)。そのデータパケットは、王都の通信網をすり抜けて、とある宿屋へと一瞬で送信されていった。
画面には、またしてもあの男からの、憎たらしいほど軽いコメントが浮かび上がる。
// SUCCESS: バックドアの設置に成功しました。最高権限、ごちそうさま。 by Kenji
「あ……、ああっ……! また……また私をダマしたのねぇぇぇ!!」
エレノアの絶叫が、中央魔導院の静かな部屋に木霊した。
彼女が必死に追いかけていたはずの獲物は、追いつかれるどころか、彼女自身のプライドと最高権限すらも、指一本触れずに奪い去っていったのだ。
その頃、宿屋のふかふかのベッドで、健二はスマホの画面に「Root権限:取得完了」の文字が出たのを見て、クスクスと肩を揺らしていた。
「よし、これで王宮のメインサーバーは俺の支配下だ。セリア、これで国中のどんな機密データも、俺たちの思いのままだぞ」
「さすがは健二様。あの生意気な魔導士の少女も、健二様の仕様書(手のひら)の上で踊るおもちゃに過ぎませんね」
セリアが健二の首に腕を回し、妖艶に微笑む。
王国の最高権限を手に入れた30歳エンジニア。彼のロジカルで不道徳な異世界侵食は、ついに「国家の王座」そのものを揺るがす段階へと突入していく――。




