第二十話:ソーシャル・エンジニアリング(ハニーポット)
中央魔導院の魔力ネットワークに生じた、巨大なセキュリティの穴。
炎上した執務室の片隅で、天才少女エレノアが悔しさと狂喜を滲ませながら健二のログ(残響魔力)を解析し始めていることを、健二はスマートフォン越しにすべて察知していた。
通常のハッカーであれば、相手が警戒を強めた時点で一度手を引くか、さらに強力なサイバー攻撃を仕掛けるのが定石だろう。
だが、健二のエンジニアとしての思考は、そのどちらでもなかった。
ギルドで受け取った莫大な報酬を手に、王都の市場で「真っ白な魔導クリスタル」を買い付けた健二。彼はセリアの隣で、不敵な笑みを浮かべながらスマホの画面をスワイプする。
エレノアがこちらの魔術的な残響を解析し、必死になって正体を突き止めようとしているその頃、健二は王都の喧騒から少し離れた高級魔導具専門店にいた。
「健二様、あの『中央魔導院』の天才少女、まだ諦めていないようですね。王都の通信網の監視レベルが、普段の倍以上に引き上げられています」
セリアが、いつの間にかスマホと同期させている自分の白銀の盾に軽く触れながら、冷徹に報告する。
「ああ、知ってる。あいつ、相当プライドを傷つけられたんだろうな」
健二はいつものようにヘラヘラとした営業スマイルを浮かべながら、店内に並ぶ最高級の「通信用魔導クリスタル」を物色していた。
「外側からシステムを叩き潰すのは、前回の『大炎上』でやり尽くした。同じ手を使えば、次こそあいつにログを完全に捕まえられる。だからな、セリア……今回は**『ソーシャル・エンジニアリング』**でいく」
ソーシャル・エンジニアリング――それは、技術的なハッキングではなく、人間の心理的な隙や興味、行動ミスを突いてパスワードや権限を盗み出す、最も古典的で最も成功率の高いハッキング手法だ。
「エレノアとかいうあのガキは、俺の残した『文字列』に強烈な興味を持ってる。技術者ってのはな、見たこともない完璧な数式を見せつけられると、罠だと分かっていても触らずにはいられない生き物なんだよ」
健二は購入したばかりの真っ白な魔導クリスタルを手に取ると、スマートフォンのカメラ(スキャン機能)を起動した。
【オブジェクト接続:魔導クリスタル(未認証デバイス)】
【コマンド:概念コード『トロイの木馬』のインジェクションを開始】
健二がスマホの画面をスワイプすると、クリスタルの内部に、魔術的な文字ではない、地球の「暗号化された美しいプログラムコード」が、極小の光の粒子となって吸い込まれていった。
「よし、仕込み完了。エレノアが思わず飛びつきたくなるような、最高にエレガントな『未知の術式』を中に書き込んでおいた。これを……適当な商人を経由して、中央魔導院の『遺物鑑定部』に買い取らせる」
健二は、悪魔のような笑みを浮かべた。
「あいつがこのクリスタルを解析した瞬間、あいつの持っている『王宮最高管理者(Root)の権限』が、このスマホにそのままリダイレクト(転送)される仕組みだ」




