第十九話:エラーログの観測
王都を震撼させた、中央魔導院の魔力炉緊急停止事件。
国最高峰の防壁が破られたという事実は、王宮に計り知れない衝撃を与えていた。
しかし、その裏でもう一つ、王都の裏社会を根底から揺るがす大事件がひっそりと結末を迎えていた。人身売買や違法魔導具の密輸を行っていた巨大闇組織『ルナ・ノワール』の電撃的な壊滅である。
誰もがその関連性に気づかぬ中、二つの大事件を同時に引き起こした張本人は、ギルドの応接室で至極当然の権利として、莫大な『インセンティブ』を受け取ろうとしていた。
中央魔導院の爆発から一夜明けた。
王宮の修復作業が進む中、エレノアは新しく用意させた演算用の魔導盤の前に張り付いていた。周囲の老魔導士たちが「また暴走したらどうする!」と怯えるのを無視して、彼女は健二の残した『文字』をノートに書き写している。
「『User-Agent』に『Status: 200 OK』……。文字自体は共通語なのに、組み合わせが呪術の数式とも全く違う。これ、一種の『術式の最適化命令』ね……」
エレノアは唇を噛みながら、その未知の概念に没頭していた。
彼女にとって魔術とは、複雑な詠唱と緻密な魔法陣を何層も重ねて構築する巨大な建造物のようなもの。だが、健二のハッキングは、その建造物の基礎にある『石畳の一枚』をほんの少し書き換えるだけで、全体を自滅させるような、恐ろしく簡潔で不気味な代物だった。
「私の最大出力の魔力波形を、街中の『魔導街灯』を中継器にして全部反射してぶつけてくるなんて……。あの『Kenji』とかいう男、この国の防衛網を、ただの『おもちゃ』みたいに扱ってるわ」
エレノアはペンを机に叩きつけ、胸を激しく高鳴らせる。
「許せない……。私の築いた術式を『クソ仕様』なんて煽りコメントで片付けたバグ野郎。必ず、その小賢しい頭を私の前に差し出させて、世界の構造のすべてを吐き出させてやるんだから!」
その頃、健二の「デバッグ」の成果は……
「お、おい健二……これ、本当に全部俺たちの取り分にしていいのか!?」
王都の片隅にある冒険者ギルドの酒場。
数日前までルナ・ノワールの檻に囚われていたエルフたちを保護し、ギルドに連れてきたことで、健二とセリアの前には信じられないほどの山積みの金貨が積まれていた。
ヴァン・デル・バルク商会の解体に伴い、ギルドから支払われた「闇組織の壊滅報酬」と「人身売買の摘発ボーナス」。
「当然だろ。俺たちは仕様書(依頼)通りのタスクを完了した。これは正当な成果報酬だ。な、セリア?」
「はい、健二様。これだけの資金があれば、王都でさらに上位の装備や魔導触媒を購入可能です」
セリアが嬉しそうに金貨のログをスマホでスキャンしていく。
健二はヘラヘラと笑いながら金貨を懐に収めつつ、スマホの画面に新しくポップアップした「ある通知」を眺めていた。
王宮の中央魔導院を物理的に炎上させたことで、王都の魔力ネットワークには今、巨大な「空白地帯(セキュリティの穴)」が生じていた。
「王宮のあの天才プログラマーちゃん、クリスタルが吹き飛んで頭を冷やしてるかと思ったら、もうこっちの残響魔力を解析し始めてるな。……だが、完全に俺の技術に興味を持っちゃってる」
健二はスマホを弄りながら、ニヤリと不敵に笑った。
「釣れたな。システムを外からハックするより、内部の管理者をハメて『裏口の鍵』を自分から開けさせる方が、エンジニアとしてはスマートだ」
健二は、王都をさらに深く侵食するための、次なる「ウイルス(罠)」を仕掛けようとしていた。
王宮の天才魔導少女エレノアを、健二がどうやって「技術的な罠」でさらに手のひらの上で転がし、王宮の最高機密へアクセスしていくのか。




