第十話:デプロイ完了、そして次のセッションへ
理不尽な地方貴族のヘイト管理を終え、佐藤健二はついに「ファストトラベル」を敢行。
舞台はバグまみれの地方都市から、最先端の巨大サーバー(王都レムリア)へ!
30歳エンジニアの、最高にロジカルでちょっと不道徳な異世界侵食ライフ、新章突入です。
「……おのれ、おのれ佐藤健二ィィ!!」
金庫室から上がってきたバルタザール男爵は、乱れた髪もそのままに、執務室の窓ガラスを叩き割らんばかりの勢いで外を睨みつけていた。
証拠は、ない。
憲兵のランプをバグらせたのも、暗殺者を金庫に閉じ込めたのも、あいつがやったという法的な証拠はどこにも存在しない。だが、だからこそ男爵の胸中の炎は、どす黒い確信となって燃え上がっていた。
「あの男だ。間違いなくあの平民が、私のすべてを裏から嘲笑っている……! 地の果てまで追い詰めてでも、その首を撥ねてくれるわ!」
男爵が怒りと執念で血涙を流さんばかりになっていた、まさにその時。
街の広場を挟んだ向かいにある宿屋のバルコニーに、ひょっこりと人影が現れた。
佐藤健二だ。
男爵は息を呑み、思わず身を乗り出した。
健二は、領主館の窓から自分を睨みつけている男爵の視線に、ハッキリと気づいていた。気づいた上で、いつもの、あの締まりのないヘラヘラとした営業スマイルを浮かべた。
そして、男爵の目を真っ直ぐに見つめながら、片手を軽く上げて、ひらひらと振った。
『じゃあな、お疲れさん』
そんな声が聞こえてきそうな、あまりにも軽い別れの挨拶。
次の瞬間、健二は隣に立つ銀髪の美しいエルフ――セリアの肩を抱き寄せ、手元のスマートフォンを親指で軽くタップした。
【コマンド実行:高速移動】
【目的地:王都レムリア・中央特区】
――フッ。
空間が陽炎のようにわずかに歪んだ。
男爵が瞬きをした一瞬の間に、バルコニーにいたはずの健二とセリアの姿は、まるで最初からそこに存在しなかったかのように、文字通り「消滅」していた。
「あ……、あ……?」
男爵は、開いた口が塞がらなかった。
どんな高度な転移魔術でも、膨大な魔力の残滓や、複雑な魔法陣の光が残るはずだ。しかし、健二の消え方はそれすら超越していた。世界のソースコードから、その存在を一行だけパッと消去したかのような、圧倒的なログの消失。
「健二ぃぃぃぃぃぃ!!」
もう届かない相手に向けて、男爵の無意味な絶叫がグラン・バザールの空に虚しく響き渡った。この瞬間、男爵の敗北は永久に修正不可能なバグ(仕様)として世界に刻まれた。
新たなロケーション、新たなバグ
――ザァァァ……。
噴水の心地よい水音が、耳を刺激する。
湿った地下の匂いも、場末の歓楽街の煤けた空気もない。目の前に広がっていたのは、白亜の石造りの建造物が整然と立ち並び、きらびやかな衣装を纏った貴族や商人が行き交う、圧倒的な大都会。
剣と魔法の国の中心――王都レムリア。
「お、エラー(位置ずれ)なし。完璧に一発でコンパイル通ったな。中世のインフラの割に、座標データが正確で助かるわ」
健二はスマホの画面をスリープモードにしながら、眩しい太陽を見上げた。
「素晴らしい景色ですね、健二様。グラン・バザールの不具合塗れのデータ群とは、オブジェクトのクオリティがまるで違います」
隣に寄り添うセリアが、ゲームAIらしい冷静かつどこかズレた感想を口にする。奴隷上がりのエルフの少女の肉体に、地球の最新エロゲーのヒロインデータが完全に定着したその姿は、すれ違う王都の住人たちが思わず足を止めて振り返るほどの神々しさを放っていた。
「ま、男爵のやつには悪いことしたけど、こっちも社畜時代に比べりゃ立派なリスクマネジメント(高飛び)だからな。さて……」
健二はニヤリと笑い、スマホの画面をスワイプして「王都の資産家リスト」のページを開いた。
グラン・バザールの地方貴族とは比べ物にならない、莫大な金、権力、そして見たこともない高級な素材のデータが、画面の中にギッシリと並んでいる。
「新天地(新サーバー)のデバッグ、さっそく始めるとしますか」
30歳エンジニア、佐藤健二。
己の欲望とスマホだけを武器に、彼の不道徳で最高にロジカルな異世界侵食ライフは、ここ王都でさらに巨大なシステムバグを引き起こしていく――。
(第一章•エルドラド大迷宮ハッキング編 完)




