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9/20

4汗

地球に比べて低重力の火星。その地表を跳ねるように進む感覚は、慣れてしまえばそれほど苦ではなかった。

なるべく無駄な汗をかかないよう、思考を冷却し、室温とヒドラジンの圧力計を凝視する。12機の黄色い『スウェッター』が、赤い砂塵を巻き上げて弾丸のように荒野を駆けていく。


音割れの酷いモノラルスピーカーからは、0050年のヒットソングが能天気に流れ、機内の殺伐とした空気を不自然に塗りつぶしていた。


『……脂モヤシちゃん、聞こえる?』


ピーマンの脂詰めさんからの通信だ。


『目的地まであと24km。そろそろ休憩を入れないと、新兵たちの「容器」が限界だと思うの』


「そうですね……了解。全機、ここで大休止! 立ち止まって息を整えて。いい? 汗をかき過ぎないように、静かに休むのよ!」


各機のステータスを確認する。

室温30℃、ヒドラジン圧力30hp。安定している。

機材の不調や、ちょっとした感情の昂ぶりで溶けて消えるのは御免だ。私が胸をなでおろした、その時。


『……班長殿……その……お腹が、痛くて……っ』


まだコードネームすら与えられていない新兵から、悲鳴にも似た懇願が通信回線に割り込んできた。

その声を聞いた瞬間、私の背筋を冷たいものが走った。


(……あ、こいつ、死んだわ)

ピーマンの脂詰めさんが、そっと彼の機体に寄り添うのが見えた。

彼女が個別に何かを伝えている。私はこっそりと周波数を合わせた。


『……遺言なら、聴いてあげるわ。早くしなさい。ほら、俳句を詠んで? 東洋人は死ぬ時に俳句を詠むんでしょ? 五・七・五よ、早く』


「ピーマンさん、不吉なこと言わないで! ……新兵くん、聞きなさい。死にたくなければ、今すぐ括約筋を活躍(かつやく)させて! それが無理なら、今すぐスウェットを脱いで岩陰へ走って! 息を止めて、一瞬で済ませるのよ! 命がかかってるの、あんたも見たでしょ、溶けて消えた仲間を!!」


必死の説得。通信の向こうで、新兵の荒い呼吸音が響く。

頼む、耐えて。あるいは脱いで。

数秒の、永遠のような沈黙。


『……あ……』


新兵の声が、力なく漏れた。


「退避ーーーッ!! 総員退避ーーーッ!!」

叫ぶのと同時だった。

彼のスウェットの装甲表面が、沸騰した大釜のようにボコボコと泡立ち、膨れ上がる。

次の瞬間、機体は白光と共に爆散した。

化学反応の暴走が生んだ、無慈悲な小規模爆発。逃げ遅れた隣の新兵2名が、その爆風で機体を損傷。火星の希薄な大気に晒された彼らは、全身の穴という穴から血を吹き出し、砂漠に朱をぶちまけて絶命した。

出発してわずか3時間。

戦ってもいないのに、仲間が3名、文字通り消えてなくなった。


「…………」

生き残った9名は、もはや一言も発さなかった。

ただ、足早に。

次に溶けるのが自分ではないことを祈りながら、死臭を振り切るようにして補給拠点へと歩を進めた。


【ユキナの手記】

俳句を詠む暇があるなら、腹筋を固めろ。

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