5汗
補給拠点に辿り着くまでの道中、聞こえるのはスウェットの機械的な足音と、砂を噛むような風の音だけだった。
……正直、ピーマンの脂詰めさんはすぐにでも軍の精神病院に行くべきだと思う。あの人の瞳の奥に住んでいる「何か」は、もう火星の重力では繋ぎ止めておけないところまで行っている気がする。
拠点のゲートを潜り、受領報告を済ませる。
対応した拠点の隊長さんは、なぜか汗だくの私とピーマンさんの匂いを執拗に嗅いできた。
「……ほう、ヒドラジンEXの濃度と、適度な女性ホルモンの混じり具合。これはいい揮発成分だ」
変態だ。
ライター時代の私なら、即座に「銀河ハラスメント防止委員会」に告発メールを送るところだが、横で無言のまま隊長を凝視するピーマンさんの「ハイライト消去済み」の視線が、その変態を沈黙させた。ギリギリで許してあげよう。
シャワーを浴びて、用意された簡易宿舎のベッドに横になる。
「…………ううっ……ひっ……」
どこからか、すすり泣く声が聞こえてきた。生き残った新兵のうちの三人だ。
友達でも死んだのかと思って耳を澄ませてみたら、
「脱いだ瞬間に……漏らしてたんだ……俺……」
「俺もだ……屈辱だ……」
……しょうもない。
山芋にならなかっただけマシだと思いなさいよ。
『……ユキナちゃん、寝てる?』
隣のベッドからピーマンさんの声。
「……起きてますよ」
『もし、私が溶けたら……逆だとしたら……。いえ、やめましょう』
縁起でもない。今はただ、重力がある布団の感触だけを信じていたい。
翌朝。私とピーマンさんは倉庫に向かい、受領する物資の数を確認した。
食料、弾薬、そしてあの甘ったるい死の香りのする燃料、ヒドラジンEX。
全部で10台の大型自動追従トラック。
「……これを、九人で守るの?」
「……そうみたいね。トラック一台につき、護衛が一機にも満たない計算よ」
明日の自分を想像して、冷や汗が止まらなくなる。
今、スウェットの中にいなくて本当に良かった。もし着込んでいたら、この冷や汗だけでトラック一台分くらいの出力が出てしまうところだ。
その日の夜、出された食事は「至って普通の軍隊の食事」だった。
合成ではない(かもしれない)肉、形を残した野菜、そして、ただのプロテインではないスープ。
新兵たちは、その「普通の食事」を前に、堰を切ったように涙を流した。
「……知ってる? ご飯がこんなに酷いの、宇宙海兵隊の中でも私たち『高機動歩兵』だけなんだよ?」
私はスープを啜りながら、新兵たちに釘を刺した。
「ちゃんとカロリー計算アプリに入力して。戻った時に体重が100グラムでも足りなかったら、あの無敵超人(教官)に文字通り殺されるからね? 皆、ちゃんとしよ? ね?」
新兵たちが、震えながら端末に数値を打ち込む。
平和な時代のSNSなら「ダイエット記録」に使われるはずのアプリが、ここでは「死刑執行までの執行猶予記録」だ。
「さ、英気を養ったら、早く寝ないと」
私は、銀河で一番豪華に感じられるその泥水を飲み干した。
明日はきっと、今日よりも、そして実戦初日よりも酷いことになる。
今のうちに、布団の中で泣いておこう。
涙はスウェットの中で流すと、ミイラになるためのスイッチになっちゃうから。




