3汗
血と粘液、そして加熱された鉄が混じり合う。ここは文字通り、銀河で最も暑苦しい「地獄の一丁目」。
目の前では、弾丸を撃ち尽くし、刃を折られた『スウェット2055』たちが、ただの鉄の塊と化してタコ共の触手に飲み込まれていく。私の愛機も、もはや武装は全滅。残されたのは、タコのヌメる皮膚を掴むことしかできない、無骨なマニュピレーターのみ。
「新兵! 足だ! 脚部にあるぶっといブツを忘れるな!!」
教官の怒声が、爆音を突き抜けて響く。
見れば、あの人は弾の切れたライフルに銃剣一本で、タコ共を八つ裂きにしながら踊っていた。生身の宇宙服一枚で、なぜあの人は死なないの!?
「あ……そうだった……マグナム……!」
脚部装甲に格納された、88口径マグナムリボルバー。
だが、その瞬間、私の脳裏に「絶望」という名のマニュアルが蘇る。これを取り出すには、規定のポーズが必要なのだ。
「バックランジ……! やらなきゃ死ぬ……でも、お腹がつかえて……!」
極限の疲労と、昨日食べた増量飯のせいで、姿勢が作れない。焦って前屈みになった瞬間、私の腹肉が内壁の制御パイプを無慈悲に圧迫した。
――ドッボォォォォォン!!
「あ、誤作動……!」
背中のスラスターが斜め上方に火を噴く。制御不能のまま宙を舞う私に、タコの頭から銃剣を引き抜いた教官の罵声が追いすがってきた。
「馬鹿野郎! 腹に無駄な肉が残ってるからだぁ!!」
なんであの人はあんなに元気なの……。
妙に冷めた思考のまま、私の機体はタコ共の密集地帯のど真ん中へ、無様に墜落した。
「嫌ぁぁぁぁぁ! 来ないでぇぇぇ!!」
死の恐怖が、私の括約筋と、そして「脚」を突き動かした。
光速の、それこそ人生で一番キレのある左右バックランジ。
ガシャリ、と引き抜かれた二挺のマグナム。私は目を瞑り、顔を背けながら、狂ったように引き金を引き続けた。
ズドン! ズドン! ズドン! ――カチッ、カチッ……。
「あ……終わった。死んだわ、これ」
無情な弾切れの音。手から滑り落ちるマグナム。
群がるタコ共の触手が、スウェットの装甲を締め上げるギチギチという音が聞こえる。
……さよなら、私のWEBライター人生。
「諦めるな新兵ッ!!」
スピーカーが割れんばかりの叫び。
「教えただろ! 今のお前の発汗量……特に脇汗なら、アレができるはずだ!」
「……え? あ、ああっ!!」
そうだ。これだけ熱くて、これだけ怖くて、これだけ汗をかいている今なら。
私は叫んだ。恥も、外聞も、WEBライターとしての理知的なプライドも、すべて火星の砂に捨てて。
「モスト・マスキュラーーーッ!!」
その瞬間、機体が吠えた。
全身の駆動系が過負荷で発光し、ヒドラジンEXが私の汗を食らって爆発的な推進力へと変換される。
軽い。機体が、羽根のように軽い!
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
鋼鉄の拳がタコを引き裂き、触手を掴んで岩壁に叩きつける。
私は獣のように吠えながら、一際巨大な親玉タコの脳天に馬乗りになり、拳がひしゃげるまで殴り続けた。緑色の体液が視界を染めても、私は止まらなかった。
「……せ、 よせ! もう死んでる!!」
気づけば、生き残った二機の同僚に羽交い締めにされていた。
「もう終わったんだ……! 俺たちは、生き残ったんだ……!」
涙声の味方の言葉。……その時だった。
無慈悲なシステムボイスが、彼の機体から冷酷に流れ出した。
『警告:異常水分(涙)を検知しました。ヒドラジンEXの暴走防止のため、機内温度を強制上昇させます』
「やめろぉぉぉ! 泣いてるだけだ! 漏らしてな――あぁぁぁぁ!!」
みるみると機体が赤熱し、中の同僚がミイラのように干からびていく。
……私ともう一人は、声も出せず、ただその「干し肉」になった戦友の機体に、震える手で敬礼を送った。
「……行こう。回収ポイントへ」
私は、干からびた味方の機体を引きずりながら、重い足取りで歩き出した。
次は、私の番かもしれない。




