2章4汗
「――はい! こちら戦場から、汗でぬめりを洗うような激戦が続く最前線を、MNNのデイブが命がけの生放送でお送りしています!」
火星の赤い砂塵の中、不釣り合いなほどピカピカの宇宙服を着た男が、カメラに向かって絶叫していた。
「現在、宇宙海兵隊の高機動歩兵隊が、空軍・陸軍の圧倒的(笑)な火力支援の元、開拓予定地のマーズ・タコ共の巣を根絶やしにする作戦が進行中です! 我々も彼らと共に、さらなる前線へ……え? なに? カメラマン、ちゃんと俺を撮れよ! 背景の爆発なんていいから! え? あ――」
デイブキャスターの顔が、一瞬にして土色に変わる。
「あ、あ、大きなタコちゃんが、私の目の前に! 触手を伸ばして……あ、あ、あぁぁぁ!!」
空気を切り裂く高周波のうなり。デイブの鼻先を掠めるように伸びていた巨大な触手が、見事な断面を見せて地面に転がった。
「あんた達、死にたいの? ほら、付いてきなさい! ここはもう危ないから!!」
砂嵐の中から現れたのは、煤と緑の体液まみれになった私の機体、スウェット2055。
カメラマンが、震えるレンズを私の機体へと向けた。
『上等兵殿! 民間人の世話なんて焼いてる場合じゃないですよ!? 早く撤退しましょうッ!!』
煮込みラード君が無線で叫ぶが、私は迷わず彼の機体を裏拳で引っ叩いた。
「民間人を守るための宇宙海兵隊でしょ!? 寝ぼけたこと言ってると、タコより先に私がアンタを八つ裂きにしてやるからね!!」
(……いいぞデイブ! 撮れ! 撮りまくれ! この悲惨な「クソ煮込みうどん」状態を銀河ネットで流してくれれば、軍の不手際が露呈して、私の除隊の道も開けるんだから!!)
「い、イエス・マム……」
煮込みラード君が気圧されたように黙り込む。
「総員、転身するわよ! ……って、ピーマンさんも早く来てください! もうヒドラジン圧力も限界でしょ!? ほら、脂エビ君と煮込みラード君、ピーマンさんの機体を引きずって!! ……あれ、小豆カスタードクリームは? さっきから静かだけど……あ、これ、気絶してらぁ。使えねぇ……」
本来ならここでペッと唾を吐きたいところだけれど、貴重な水分を無駄にしてミイラになりたくないので我慢する。
脂エビと煮込みラードに、限界突破して廃人と化したピーマンさんと、白目を剥いて寝ているカスタードちゃんを引きずらせ、私は殿へと回った。
作戦は、誰が見ても明白な失敗。
指令部からは「後方に下がりつつ再集結し、空軍の救助を待て」という、絶望的な逃走指示が飛んでいる。
「終わったわ、これ……」
私は背後で蠢く数万のタコの群れを見据えながら、Webライター時代に培った「最悪の事態」への予測をフル回転させた。
救助を待つ? 空軍が?
この「地獄の寄せ鍋会場」に飛び込んでくるほど、奴らはお人好しじゃない。
カメラに映る「勇敢な上等兵」の正体は、心の中で軍の不祥事を告発記事にする時のタイトルを考えている、ただの脱走予備軍だった。




