2章3汗
地獄の釜の蓋が開いた。
『マッスルビー』の船底から、機械的なレールに繋がれた汗っかきたちが、次々とミキサーの刃の中へと投下されていく。
そこは、クソを汗と緑の体液で塗り固めて煮込んだような「地獄の寄せ鍋会場」だった。
「空軍の空爆と陸軍の砲撃支援があるって聞きましたけど!?」
「うそうそ。あんなの、入隊させるための甘い嘘よ!」
脂エビ君の悲鳴に、私は吐き捨てるように答えた。
見てよ、この空を切り裂く熱線の筋の数を。支援どころか、空はタコ共の迎撃光線で埋め尽くされている。
『熱い! 熱いよぉぉぉ!!』
『温度上昇、100……120……! 溶ける、溶けちゃうぅぅ!!』
『ママ……ママァァァ!!』
無線の混線状態は、もはや地獄のラジオ局だ。
自慢の筋肉を披露する暇もなく、空中で機体ごと爆散いく味方たち。その残骸が、火星の赤い大地に雨となって降り注ぐ。
……涙を流すことはできない。今ここで一滴でも水分を無駄にすれば、着地する前に中身が「乾燥ミイラ」にジョブチェンジするから。
激突に近い衝撃と共に、無事に地表へ降り立てたのは、1000名中、約700名。
降りたらやることは、訓練通り――いや、本能のまま。
「総員、ダブルバイセップスッ!!」
私の咆哮と共に、生き残ったスウェットたちが一斉にイオンパルスキャノンをぶ放す。
眼前のタコの群れが肉飛沫となって吹き飛び、機内温度が上昇する……はずだったのに。
「……あれ? 室内温度上昇、してない? ヒドラジン圧力、安定?」
機体モニターには、なぜか信じられない数値が並んでいた。
異常なまでの熱交換効率。あんなにキャノンをぶっ放しているのに、むしろ快適にすら感じる。
「ふん、上等ね! 『上等兵』だけに、機体コンディションも『上等』ってわけよ!!」
……言った瞬間、自分自身が凍りつくのがわかった。
あまりのギャグの寒さに、機内のエアコンが過剰反応したのか、室内温度がさらにガクンと3℃低下。
モニターには【WARNING:EXTREME COLD GAG】の文字が……出てないわね、幻覚か。
「上等兵殿……今、なんて?」
「脂エビ! 黙ってサイドチェストしなさいッ!! 全員いるわね!? 総員サイドチェスト!!」
私は凍りついた空気を振り払うように、高周波カッターを抜刀した。
「戦略も戦術も、慈悲も、今の寒いギャグへのツッコミも無しよ!
私とピーマンさんの前に出た奴から、タコ共の触手プレイの餌食だから! しっかり私のケツに付いてきなさい!!」
「「「は、はいッ!!」」」
新兵三人の、引きつった返信。
その横では、ピーマンさんが無言でタコを縦に引き裂き、緑の体液を浴び続けている。
……やっぱり、あの人は退院するべきじゃなかった。
彼女の機体から漏れ出る蒸気は、もはや殺意の色を超えて、紫色の毒々しいオーラを放っている気がする。
「ふふふ……今日、何人の悲鳴が聞こえるのかしらね……?」
不気味に笑うピーマンさんの声を聞きながら、私はカッターを振るう。
寄せ鍋の具材にされるのは、私たちが先か、タコ共が先か。
火星の赤い大地が、私の「寒いギャグ」で冷えた空気さえも飲み込んで、再び熱く、濁った汗を欲しがり始めている。




