2章2汗
軍病院を退院し、火星開拓拠点都市マーズ1の雑踏を抜けて宇宙海兵隊基地へと向かう道中。
何を思ったのか、私は道行く男たちに4回もナンパされた。
「ねえ、そこのキミ。今夜あたり――」
だが、私の軍服の袖にある「高機動歩兵隊」の紋章と、襟元に輝く上等兵の階級章が目に入った瞬間、彼らの顔色は一変する。
「……あ、いや。……これ、食べて。頑張ってくれ」
「これも持っていきな。……生きて帰れよ」
代わりに手渡されたのは、ナンパの言葉ではなく大量の栄養バーと高濃度栄養ドリンクだった。
火星の一般市民にとって、高機動歩兵隊は「明日
には山芋か乾燥ミイラかタコの餌になる、歩く殉教者」なのだ。ナンパする相手ではなく、拝む相手。あるいは、死にゆく者へのささやかな供え物を渡す相手。
「……キャンプに戻るわよ。いい? こういう場所なのよ、ここは」
私は、後ろについてくる新兵三人――脂エビ、煮込みラード、小豆カスタードクリーム――に、栄養バーを投げ渡しながら告げた。
だが、まだ実戦の洗礼を受けていない彼らの瞳は、どこかピンと来ていない。その絶妙に「生温い」表情に苛立ちが募る。
気にしても仕方ない。私にできるのは、彼らが「痛みなく溶けること」を願うだけ……
って、そんなん認めるか!
私は絶対に五体満足で除隊して、Webライターに返り咲く。そしてこの極悪非道な軍の労働環境を全銀河にリークして、炎上させて、社会的に抹殺してやるんだ!(たぶんその前に軍法会議で銃殺刑だけど!)
それからの日次は、まさに「鋼鉄の肉体」を作るための地獄だった。
筋トレ、ポージング、プロテイン、EAA、クレアチン、睡眠、そしてまた筋トレ。
スウェットを動かすための「出力(筋肉)」を練り上げ、汗を燃料に変えるための「代謝」を極限まで高める。
フレッシュミート(新兵)たちも、一通りの絶望とスウェットの扱い、そして「オムツの正しい装着法」に慣れた頃。
私たちは巨大な強襲揚陸艦『マッスルビー』へと集められていた。
「……大きいわね、この船」
ピーマンさんが、虚な瞳で艦内の隔壁を見上げる。
目的地点は、ここから北西へ300km離れた新たな開拓予定エリア。
そこ一帯に広がる、火星人たちの巨大な「巣」を根こそぎ叩き潰すのが今回の作戦だ。
集結したのは、あの地獄のような空挺降下から数ヶ月を生き残った「精鋭(出し殻)」300人と、補充されたばかりの「新兵(脂身)」700人。
合わせて1000個の命。
1000機のスウェット。
それが今、再び巨大な地獄のミキサー――強襲揚陸艦マッスルビーのハッチ――の中へと放り込まれようとしていた。
『総員、機体に搭乗せよ! 30分後に降下開始!』
艦内に響き渡る無機質なアナウンス。
私は、震える脂エビ君の肩を叩き、小豆カスタードクリームちゃんのバイザーを軽く小突いた。
「いい? 私のサイドチェストより前に出たら殺すからね。……付いてきなさい」
『マッスルビー』の胃袋の中で、私はWebライターとしての遺稿ではなく、上等兵としての「殺意」を研ぎ澄ませていた。
火星の荒野が、また私たちの汗を欲しがっている。




